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2006年8月

2006年8月31日 (木)

オーディオグルメ的・元素周期表Ⅱ

Newton元素と音質の関係にめっぽう詳しい前述の友人、clef氏から、Newton10月号に面白いヒントがあると知らされた。早速この周期表特集号を入手した。化学がご専門の方々には今更かもしれないが、改めて各元素の性質や、どういう素材がどういう用途に利用されているかが復習できると思う。オーディオは工業製品である以上、こうした素材知識はこの趣味を深める上で必ずプラスになるはずだ。

ケーブル製作という話で言えば、以下のコメントをもらった。

Cu・・・コアな自作派は、実は一番利用していない
Al・・・柔らかさがある音
Ag・・・音のグラデーションに富む
Pt・・・煌びやかで反応の速い音
Au・・・煌びやかだが、やや芯が薄い音
In・・・物性と同じく、とても柔らかい音、奥行きの広がりを持った包むような音
Ir・・・硬い音、麻薬感はなく、分解能に優れる
Be・・・銅に近い?やや軽い音
Ni・・・Ptに近いが軽く密度が甘い

さすがに私もIn以下は試したことがないので何とも言えないが、5番目までは同意見だ。興味深いのは、10族のPtとNiの音質傾向が彼の評価で似通っている点だろう。

製作の難易度や価格的な観点から並べると、標準的なクラスで構わなければAg、フトコロに余裕があってキワモノを狙う場合はPt、という選択になろう。また、一極あたり和紙・絹単線を一本としているので、各線に異種金属を振るのも面白いブレンド手法だ。

私の常套手段は、例えばRCAラインの場合、ホットにPt単線、コールドにAl単線を持ってくる。なぜAgを使わないかといえば、PtにはAlが最も好ましい音質のマッチングを得たからだ。氏の言葉を借りれば、煌びやかで反応の速い音に、柔らかさを加えた音だ。Pt特有の低域の逞しさも失われない。

さらに言えば、バランスケーブルではより多くの組み合わせが可能になる。華美になる心配もあるがAl+Au+Ptなどは面白いかもしれない。やる気と多少の無駄金を使う覚悟があれば、貴方のオーディオシステムでもきっと面白い実験ができると思う。ちなみに、合金よりも純金属をケーブル構造で組み合せる方がそれぞれの特徴が上手くブレンドされる印象がある。

Agは、どちらかといえば3φクラスの和紙・絹巻単線で一本勝負した方が好結果が得られるだろう。ラインに利用する場合は端子加工が大変だが、ACケーブルへの応用は簡単だ。

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2006年8月30日 (水)

鶴の機織

Slk「鶴の恩返し」の中で、鶴は自分の本当の姿を隠すため人目を忍んで真夜中に機を織った。これが転じて「鶴の機織」とは、隠れるように夜中に黙々と作業することを指す、いくぶんネガティヴな響きを伴う表現のようだ。

私の製作スタイルについては、この言葉がよく当たっている。私のケーブルは、夜作られる。語弊があるが、女子供の寝静まった頃が始動時刻だ。

和紙・絹被覆の工程には、多くの手間暇がかかる。気分のノリや勢いも必要だ。日中は本業もあるので、作業はどうしても夜中になってしまう。

一方、家族の奇異なる視線に晒されることも少なくない。自作オーディオ派の方なら必ず経験があると思うが、ケーブルにせよ電子基板にせよSPキャビネットにせよ、集中して作業するには排他的にならざるを得ない場面がある。

芯線のアニールにはアルコールランプの火を使うので、厚手の革手袋を着用し、火傷や火事にならないように神経を使う。また和紙の裁断にはナイフの刃先を鋭利に研ぐ。絹糸の巻きや組みの工程はなおさらだ。自然と、夜がしっくりくる。

全体のケーブル製作プロセスを登山に例えれば、端子のハンダ付けは山頂目前だ。絹被覆の工程がそこまで延々と続くと考えていいだろう。

もちろん、ここまで手間をかけずとも、優秀とされる切り売りケーブルに高価な端子をアセンブルするほうが遥かに楽だし、下手な自作に勝ることが多いと思う。しかし、市場に無い和紙・絹被覆は自らの手で作るしかない。

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2006年8月29日 (火)

切れない包丁ほど痛い

Blade_1ティールの一般的な評価と言えば、ややもすると高域寄りのいわゆる「ハイファイ調」だ。型番で若干の性格は異なるが、ティールやウィルソンなどハイスピード・ワイドレンジを標榜するスピーカーが、残念ながらこういった評価を受けやすい。実際、多くのオーナー諸氏が日々これらと格闘する姿も見てきた。結局、各人の好みなのだが、ティールについては、ツイータの耳障りな感触の攻略に手を焼いて手放す方が多いようだ。

しかし、聴感上のS/Nを上げること音のエッジを繊細に研ぎ澄まし、また上下の再生周波数レンジをできるだけ確保することで、この問題を回避できるのではないだろうか。耳障りな帯域のレスポンスを拡大なFレンジの中で相対化できれば成功だ。モノの例えで言えば、切れ味の鈍い包丁ほど指を切ったときに痛いのでは、と考える。繊細に切れ込む高域は耳に痛くないものだ。コンポーネントやアクセサリー、そしてセッティングを含め、高S/N化、広帯域化を阻害するボトルネックを虱潰しに排除していく。

この過程では、ひとまず味やコクといった要素は求めないほうが懸命だろう。まずはベクトルを振ることなく、まっしぐらに一つも二つも上のステージまでシステムのグレードを上げるのだ。素材の旨さで勝負しよう。味付けは、ほんのりと最後でいいのではないか。その方が、結果的に素晴らしい一品となるのではないか。

和紙・絹被覆のAg/Pt線は、ボトルネックの排除と再生音のグレード向上に大いに貢献してくれた。作り方にもよるが、貴金属線からは高S/N、広帯域な再生音が得やすいと思う。特にPt線は、繊細に切れ込むエッジを実現する一方で、その線径からは想像もできないような和太鼓の皮のウネリまで表現してくれる優れものだ。

毎度ながら、上記は自分流のアプローチとご理解いただきたい。レスポンスのフラット化にはイコライザーが有効だし、広帯域化にはスーパーツイータやスーパーウーファーが決定打となるだろう。ただ、これらに手を出せるのは、アガリ宣言を出せるレベルのツワモノ愛好家に限られよう。経験のみならず、それに見合った再生環境も必要だ。

私を含む途上マニアにとっては、メインスピーカーを鳴らすシステム、つまり本丸の攻略が先決ではないかと考える。核となる再生系を煮詰めずにいたずらに付加装置に走るのは、かえって遠回りにならないだろうか。

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2006年8月28日 (月)

ティールに映った自分

Thiel早いもので、Thiel CS2.3を使い始めて6年経ってしまった。その間、多くのメーカーの新製品が市場を賑わし、ティール自身も2.4や1.6などのニューモデルをリリースした(ズラ頭の最新型は何処へ?)。今となっては古くなった感は否めないが、それでもCS2.3は当家にはすっかり馴染んだスピーカー。今の住宅環境がガラリと変わらない限りは、特に不満のない状態だ。詳しくはティール使いのBBSでお世話になっているcruelさん(最近筆不精ですいません)が、巧みな筆でオフ会の模様を語ってくれた。自分を分析するのは、誰しも嫌なものだ。

当時からは、若干システムに変更が入っている。DACがMSB Platinum PlusからdCS Deliusに変更になったことや、DENKENのクリーンACユニットDA-7100HGを導入したこと、そしてFinite Elemente Cerabase4個をP70下に敷いたことが、主な変更点だ。以前にも増して緻密さと野太い低域が、そう音量を上げずとも得られるようになった点が何よりもありがたい。中でもDENKENの威力は、壁内配線の交換に躊躇せざるを得ないマンション派には福音となろう。もっとも、現在のモデルはSITの代替素子IGBTを使用したものだ。

どのオーディオファイルも同じと思うが、スピーカーは使い手の人柄を映すモニターだ。ティールに落ち着いた私は、さしずめ繊細で几帳面な血液型Aタイプなのだろう(?) 器楽曲や管弦楽がソースの8割を占めるが、理想はふわっと広がる空間に佇む楽器群。オンマイクよりもホールの一階席後方寄りから眺めるような聴き方が好みだ。ただ、あまりに溶け合うとオーディオ的な面白味も半減してしまうのが演奏会と異なる点かもしれない。

ティールはセッティングやアクセサリーの細かい変更も本当によく描き出す。下手な小細工は直ちに見抜いてしまう、厳しいティーチャーだ。製作したケーブルの出来もしっかり反映してくれる。上下にFレンジが伸び、Dレンジの大きいケーブルはティールを活き活きと鳴らす。逆に中域にウエイトを置いたFATなケーブルは非常につまらない鳴り方をする。当然、各人の好みもあろうが、後者のような再生がお好きな方は、始めからティールは眼中にないはずだ。

和紙・絹の被覆を纏ったAgやPtケーブルは、P70>>>Delius>>>handmade pre>>>JRDG model 10>>>CS2.3と繋がる私のシステムに上手くハマった。自分の好みの音とコンポーネントの選択におおよそ狂いはないと考えているが、それぞれの役者の味を自らのケーブルで上手く相乗させることができたのは、長年この趣味を続けてきた中で非常にラッキーな出来事だった。

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素肌には天然素材を

Silk芯線金属の表面を素肌と例えるなら、お化粧と同様に、肌を傷めるも守るもやり方次第と言える。また化粧の例えか、と笑われるかもしれないが、芯線表面をどう処理するかは意外と再生音への影響が大きい部分なのだ。金属表面は伝送理論的には鏡面仕上げが良いらしいが、個人の自作ではμmmオーダーでの研磨は不可能だろう。基本的には購入した線材を無水アルコールで清掃する程度に留めている。

問題は、素肌に何を重ねるかだ。この点については、従来からテフロン派と天然素材派がゆがみ合ってきた経緯があると思う。多くの場合、オーディオショップで購入する銀線には、必ずと言っていいほど適合径のテフロンチューブが用意されているものだ。しかし、それを鵜呑みにしてよいのだろうか。

音ヌケや抑圧感のない開放的なトーンを重視される向きには、地金に触れる最内周には天然素材「和紙」を強くお勧めする。金属に紙を巻くとは一体どういうことなのか、想像もつかない方もあるだろう。次に重ねるのは絹だ。本ブログの随所にすでに絹糸の画像が貼られているが、あのような素材を巻き重ねたり紐状に組んで被覆とする。具体的には、製作編で追々ご紹介できればと思う。

SPケーブルを除く信号系の場合、こうして0.Xφの芯線に一次被覆を重ねたものが、ケーブルの基本単位となる。構造は、平行2芯や90度に直交しながら進む螺旋型、あるいは各極を全くフリーにしてしまうなど、バリエーションはいくつか存在する。基本的な音の印象は同じようだ。

なぜ和紙+絹の被覆が音ヌケや開放感に優れているか、理由はあくまでも想像の域を出ないが、適度な空気層の保持とダンピングがあるからではないかと考えている。密に重ねてはいくのだが、ミクロレベルで観察すればきっとスカスカなのだろう。理論には明るくないが、空気絶縁などと呼ばれる市販ケーブルも存在する。また、裸線そのものには金属固有の響きが伴うものだが、この被覆が表面を絶妙にダンプするのかもしれない。いずれもデータがあるわけではない。

誤解なきよう申し上げるが、テフロンを全否定するつもりはない。銀+テフロンのあらゆるケーブルを聴いたわけではないので、中には良いものもきっとあるはずだ。ただ、ヌケと圧迫感のなさを重視する自分流のサウンドには、天然素材被覆が一番しっくり来た。それに気付いて以降は、テフロン系から遠ざかっていった。

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2006年8月27日 (日)

ケーブルは何のために

P70 当ブログ【ファイン・ライン】は、こだわりのケーブル製作に焦点を当てるものだが、決して「究極の自作ケーブル」などと豪語してアクセサリー偏重志向を助長するものではないことをお分かりいただきたい。別カテゴリー「自分流・ケーブル」の冒頭でも申し上げたが、スピーカー、プレーヤー、アンプなど、基本コンポーネントの充実なくしてはケーブルの効果も望めないと考えている。

さらに申し上げれば、「自分のサウンド」が定まっていなければ、数多の機器から何を選べば良いのかもわからなくなる。私を含む多くのオーディオマニア諸氏にとって、マイ・サウンドの探求は永遠の課題であり、10年20年と流浪の年月を重ねてもなお立ちはだかる問題だと思う。そんな中でのケーブル選択は一層難しいものだ。

本カテゴリー「自分流・サウンド」では、自分のサウンド志向や使用機器にまつわる四方山話を中心に展開していくことで、私流のケーブルが私流サウンドの実現に欠かせないツールとなっていることをご紹介できればと思う。

別の見方をすれば、私のケーブルは、サウンドのベクトルが全く異なる愛好家のシステムには全く適さない場合もあるということだ。例えばトランスペアレントがフル・マッキントッシュに合うかと尋ねられれば、首を横に振らざるを得ない。ただ、これもユーザーの好み次第なのだが。

きっと皆様のサウンド志向やシステムに最高にマッチするケーブルが、世界のどこかにあると思う。そんな一本に巡り合えるかどうかの保証はないのであるが。幸い、私はそんなケーブルを自らの手によって製作することができた。

オーディオとは難しいものだ。

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2006年8月26日 (土)

魅惑のメタル・パラダイス

Nilacoケーブル製作を始める場合、第一関門は芯線の入手だ。アタマでケーブルの構想を練るのはとても楽しいものだが、モノとして作れなければ試聴すら不可能だ。近年ではオーディオ販売店の中にも自作派向けの芯線として高純度銀やオーグラインを扱う店があるが、金属グルメ的観点からは、むしろオーディオ用と称していない研究・実験用素材が面白い。

私が日頃からお世話になっているのが、知る人ぞ知るニラコさんだ。各種純金属や合金、それも線だけでなく様々な形状でオンライン販売してくれる「金属のデパート」だ。最近では携帯電話からも発注できるようになった。もっとも、これは誰のためのサービスなのか、思い当たる対象者は私を含めて何名いるだろう・・・

ニラコHPによれば、純金属で70元素、2,300品目、合金で85種、1,000品目。形状は線、棒、箔・板、粉末、インゴット等と、そら恐ろしい。ただ、前回の記事にも述べたように、自分流の製作パターンでは、利用する材料は絞られてくる。大抵は線形のAgとPtが中心で、時に好奇心から多種少量の金属線を発注している。

具体的な選択は、後日製作編で紹介できればと思う。

過去にニラコさんから購入した線材の総延長は、もはや思い起こすこともできないが、個人ベースの購入者としてはきっとマークされているに違いない。「10m購入の場合は10%割引となりますが・・・」この殺し文句にいつも屈してしまう。採寸ミスなど初歩的な失敗やアニールで焼き切ってしまうなど、多くの線材が無駄になったこともあったが、経験からいろんなことを学ぶことができた。

原油価格の高騰から、素材価格も随分上がってしまった。かくして、私のような電線病重症患者にまで世界経済情勢が影を落とすことになった。ニラコさんでの貴金属価格も一昔前と比べるとフトコロに痛いケースが増えた。しかし、一旦アタマの中で構想、いや妄想、が走り出すとなかなか歯止めが効かないのが電線病のサガなのだ。

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2006年8月25日 (金)

オーディオグルメ的・元素周期表Ⅰ

Genso_1化学の専門家でなくとも、元素周期表を高校時代に苦労して暗記した方は多いはずだ。オーディオケーブルの芯線に一般的に使われているのは銅(Cu)だが、別の金属を使うことで再生音の根本的なキャラクターを決定しようというアプローチがある。私の流儀では被覆を最小限に留めるが故に、芯線の選定はファイン・ラインへの第一歩だ。

周期表には多くの元素記号が並んでいるが、あくまでケーブル芯線として利用可能な形状で、入手可能な金属が対象になる。合金を含めると選択肢は数え切れない。また大切なことだが、モノによっては人体への毒性がある。安易なフグ料理のような事態は絶対に避けねばならない。個々の毒性やケーブル使用への可否については、門外漢の私が申し上げるのは相応しくない。あくまで自己責任でお願いしたい。

オーディオ的な金属グルメという意味では、周期表の相関関係から音の傾向まで予想してしまうほど好奇心旺盛な友人、clef氏がいるので、詳細は別の機会としたいが、いろんな意味で手が出しやすい純金属は銀(Ag)だろう。素材価格も手頃だ。ただし、硫化による変色などが気になる方もあるだろう。音への影響や進行を防ぐ工夫については、追々実践編で紹介したい。

誤解を恐れずに言えば、信号系ケーブルの場合、銅は細い単線での勝負では歩が悪いようだ。径がないと力感が出ない。だが単に2φあたりの極太単線を用いるだけではカマボコバランスに陥ってしまう。多くのメーカーはマルチゲージ・マルチストランドなどの構造によって銅ケーブルの周波数特性の改善を図っているようだ。

しかし、個人の手作業ではメーカーレベルの構造精度は到底出せないので、私はハナっから複雑なケーブルは作らない。あくまでも一極あたり単線一本が基本だ。おまけに銅線はいずれ酸化皮膜を形成し電気抵抗を増す。複雑に銅線を撚っていくと手汗などが付着する心配も多い。このような点から、私が自作ケーブルに銅を使うことはほとんど無い。

銀には、物理的な不安定性がつきまとうが、オーディオ的には可能性がある。純度や径の選定がポイントとなるが、0.Xφから3.0φ超に至るまで、応用範囲が広い。フトコロ具合に柔軟に対応できる点も嬉しい。

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2006年8月24日 (木)

ファイン・ラインを求めて

Sil2"Fine line"とは、「細い線」のことだ。私の作るケーブルは、とにかく細い。信号系に限って言えば、金属線の直径は0.Xφ、一次被覆を纏った基本線も2φ程度。構造はいろいろだが、多くのケーブルは仕上り径でも5-6φに満たないことがほとんどだ。

太けりゃいいのか、こんな疑問を持ち続けてきた。百花繚乱のケーブル製品群を見る限り、主流は逞しく硬い外観のようだ。購買層にアピールしやすいこと、構造の保持などが考えられる。しかし、中には取り回しが激しく困難で、機器の配置をも支配するケーブルがある。もちろん、メーカー独自の理論と哲学で非常に説得力ある音を聴かせてくれるものもある。

誤解を恐れずに言えば、被覆を「お化粧」と捉えた場合、ケーブルは「すっぴん」に限る。音ヌケが良く、生気がある。優れた諸特性を持つ金属線に良質の被覆を最小限に重ねることで、芯線は持てる力を最大限に発揮する。ただ、「素肌美人」を通すには、モトが悪いとお話にならない。材料の選定が重要だ。

一方、太いケーブルは「厚化粧の美」である。芯線の素性を補う形で、SN感やレンジ感は被覆でかなり調整できるものだ。しかし、優れたノウハウなしには単に芯線の本来の良さを殺すことにもなりかねない。慣れない者が製作する場合、暗中模索で被覆を重ねていくのは実験には面白いが徒労に終わる場合も多い。

芯線の実力だけで勝負とは、何と潔いではないか。

ところで、"fine line"は"walk a fine line"という慣用句としてもよく使われる言葉だ。細い線を慎重に辿って歩くことから「難しい状況の中で絶妙な舵取りをする」という感じの表現になる。このブログを「ファイン・ライン」と名づけたのも似たような理由からだ。自分の製作スタイルに拘りを持つ一方、他の製作者のご意見も興味深い。

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2006年8月23日 (水)

ケーブル・ブログ始まる

Silmsh1ピュアオーディオという趣味にはいろいろなアプローチがある。システムが奏でる音楽に対し、聴覚だけでガチンコ勝負するわけだから、AVと違ってごまかしが効かない。長年続けていくと耳が肥える。機材も肥える。音への飽くなき欲求を満たすため、機材を換える。ケーブルを換える。時に部屋も換える。方向感覚を失って袋小路に迷い込むことも少なくない。

私がオーディオケーブルを自作するようになってかれこれ6年になる。その出発点とは、当時のシステムでより自分の理想に近い音を出したいという気持ちだった。もちろん市販ケーブルに良い物があることは知っていたし、実際いろいろな中級~高級ケーブルと評されていた製品の購入・売却を繰り返していた。

甘かった。当時のいろいろな方々との交流を通して、線材から自作してしまう方法を知った。ざっくりと言えば、針金に糸を巻き重ねていくようなものだ。先人からお借りした電源ケーブルは圧倒的なパフォーマンスだった。秋葉原の店頭で綺麗にパッケージ化されたケーブル群が、ちゃんちゃらおかしく見えた。

では、簡単に製作できるかといえば、それも甘かった。職人的な「修行」を経た。材料の選定や入手、構造についてのアイデア交換も必要だった。この数年で自分の製作スタイルはほぼ確立できたと思うが、現在とて決してその最終形ではない。常に好奇心を持ち続け、工夫を重ねることが欠かせない。

このブログは、数あるオーディオアプローチの一つに光を当てるに過ぎない。ケーブルだけで理想の音楽再生ができるはずはない。実際、私もコンポーネントの取り替えは大好きだし、それなりの遍歴をたどってきた。別の見方をすれば、全体的なシステムのグレードが良いバランスになければ、ケーブルや他のアクセサリーのグレードアップ効果も望めないのかもしれない。

オーディオ趣味人の間では、ケーブルに凝る人たちに対し温かい敬意を込めて「電線病患者」などと呼ぶ。もちろん伝染病をモジったものだ。しかし、概ねこの呼称は高級市販ケーブルの交換に血筋を上げるマニアや市販切り売りケーブルに自ら被覆を加えて端子を加工するアセンブラーたちのことを指すのだろう。

私は一体何者だろう。

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