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2006年9月

2006年9月30日 (土)

ホコリあるオーディオ

Cleanいつもならラックの上から二段目にはDeliusが鎮座しているが、今は不具合のために出してあるのでぽっかりと空間ができた。Master Referenceの棚板は大きいと改めて実感する。東京の住宅事情を考えると、設置面積も結構なものだ。

設置スペース以上に気になったのは埃だ。いつどのようにしてこれほど溜まるのかわからないが、ラック内のみならず、鬼玉のようなヤツが裏側には見え隠れしている。

しかし、フロントパネルならいざ知らず、背面の隙間まで毎日掃除するわけがない。まして無精者の私がやるわけがない。機器天板にはうっすらと埃が蓄積している。

一昔前のガラス扉ラックは今は流行らないので、皆さんは埃と日々どのようにして付き合っているのか気になるところだ。特にパワーアンプの天板スリットやグリルから機器内部に入り込むケースも多いと思う。

幸い、拙宅の機器でこのようなスリットがあるのは光城精工のDENKEN DA-7100HGだけだ。パワーアンプのJRDG Model 10はアルミをくり抜いた筐体自身に放熱するのでスリットはない。

ただ、折角の美麗な表面加工も薄埃を被った状態なので台無しかもしれない。また設置上の理由からラックに押し込めるように入れているので、先日来られたしゅうへいさんにも勿体無いとお叱りを受けた。

オーディオと掃除の関係は、実は奥深いものがあるように感じる。掃除のときに設置が動いたりすると、音が変わる場合があるからだ。

例えば、ケーブルを抜いて背面を掃除する場合、抜き差しによる接点のセルフクリーニング効果で再生音が良く聴こえることがある。だがそれは本質的な向上ではなく、そのうち以前と同じ水準に戻ってしまう。

埃を取るために機器を動かしたりインシュレーターを外したらそれこそ一大事だ。使っている製品にもよるが、設置が再び馴染むまでに数日かかることさえあるようだ。スプリング系インシュレーターの場合は特に時間がかかる。

その間のパフォーマンスが本当の実力でないなら、多少の埃が溜まっても掃除は程々にすべきだろう。特にオフ会前の掃除は鬼門だ。張り切って綺麗にしすぎるとかえって調子が出ない。日頃のあるがままの姿で再生するのがオフ会のコツだと思う。

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2006年9月29日 (金)

極太銀線

Agac2dCS Deliusが前回のような状況なので、外した電源ケーブルを久々に観察してみた。ご承知のように、拙宅システムでは電源系は一部を除いて全て和紙・絹巻き3.0φAgで統一されている。

ご覧のように針金を曲げたような外観になる。いったん形をつけると戻ったりしないので、機器のレイアウトが決まればそれほど使いにくくはない。その点、NBSなどは地獄の苦しみだろう。小型DACなどの場合は浮いてしまうこともある。

居住空間にゆとりのあるアメリカとは違い、日本の家庭環境で曲がらないケーブルは勘弁してもらいたい。その意味で形に馴染む極太Ag線は重宝する。

+-各極線の上から単純に15φ程度のガラスチューブを通してある。音質的な阻害もほぼ感じないので、取り回し上の便宜的な理由でつけたものだ。さらに凝りたければ太いメッシュを絹糸で作ることも不可能ではないが、自分用は必要最小限のことしかしないものだ。何も被せずに絹巻き線が2本平行に走る場合もある。

これまでに和紙・絹巻ACをご覧になったり、あるいは現在お使いの方もあろう。そのほとんどは西の国か東の当方で製作されたものと思われるが、私は普通にニラコさんで入手できる3.0をACの標準としている。

簡単に音質傾向を申し上げれば、反応の機敏さ、解像感、レンジの伸び、押し出し、その他多くの点でランクアップするのが特徴と言えるだろう。もっとも、全体的に引き締める方向に作用するので、ふくよかな音にベクトルを向けたシステムに入れるとかえって痩せた感じがして物足りなくなることがある。逆に、ハイスピードで立体的な音場を求めるいわゆる「現代オーディオ」的な傾向がお好きな方には欠かせない一本となる。

Agacマリンコ製プラグを外してみると、いくぶん表面の硫化が進行しているようだ。この基本単位線は製作してから3年ほど経つので、自然の成り行きだ。絹巻層の下にも多少の褐色が見られるはずだ。しかし、以前に和紙の頁で申し上げたように、和紙マスキングテープを最内周に使用した場合だと今頃は真っ黒だろう。

ただ、これも申し上げたが、やる気があれば硫化が進行しても再度アニールすることで元の白銀色に戻る。それには絹被覆をまず解き、また巻きなおすという苦労が伴うわけだが。もっとも、音質的には硫化しているから何かが悪くなったと感じることはないと思う。

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2006年9月28日 (木)

長くは続かない幸せ

Deliusrear人間も長くやっていると、良いことはそう長くは続かないと知るものだ。しかし、不運が訪れるたびに鬱になってしまうのも毎度のことである。

しゅうへい氏とのオフが終了した後、dCS Deliusの背面パネルのACインレット端子が妙にぐらついていることに気づいた。どうやら、パネルに固定するビスが内部で緩んでいるかパーツが破損しているか、そんなところのようだ。

ケーブルの差込みに遊びがあることはよくあるが、ソケット自体が外れそうになる感じだ。同モデルのオーナーであるDolon氏にもご意見を聞いてみたが、どうも私のは正常ではないようだ。

昨今のACケーブルはどれも重く硬い。私は3φAg単線で製作したものをDeliusに使用しているが、質量はずっしりくるものの、一度曲げると形がつくので端子にあまり負担はなかったのではと考えていた。しかし、それも長期になると話は別なのかもしれない。

以前に使用していたMSBと比べてずいぶん面倒な筐体構造であったので、代理店にお願いすることにした。タイムロードさんが民生用dCS製品の代理店をしていた最終時期のロットだが、現在は大場商事さんが引き受けている。

ここでもう一つの不運だ。

あの悪法PSEである。多くの輸入ハイエンド機器はそうだろうが、私のDelius個体にはPSEマークはついていないので、メンテナンスの際にはPSE検査が必要となる。あんなザル法でも、あからさまに遵守していない場合はチクられる心配があるので、善良な業者は建前上、法令コンプライアンスの看板を下ろすわけにはいかないのだ。

「善良な業者」と申し上げたが、輸入代理店側にも大きな落ち度がある。2001年のPSE法成立時から5年間の猶予期間に自社が輸入し国内流通させていた製品にPSEを取得していたかと言えば、全くそうではないだろう。無視していたのか気づいていなかったのかは知らないが、過去5年に渡る不作為のツケを今修理が必要となった消費者に転嫁しているのだ。

私のDeliusがメンテを受けられるのは当然だが、代理店によると検査料を含む基本技術料が\20,000弱発生するという。技術的知見というよりも単に行政の利権拡大という都合で新たな網をかけたに過ぎないPSEのために若干でも費用が発生するとすれば、非常にバカらしい話だ。

一刻も早く国会の場においてPSE法を廃止することが必要だ。しかし、3月末の玉虫色の「決着」をもって経済産業省は世論とメディアの攻撃をかわすことに成功した。目くらましにあった一般大衆はPSE問題は解決したと勘違いしている。世論の後押しを失って、民主党の川内衆議院議員あたりも勢いを失った。

オーディオ愛好家には釈然としない状況が続きそうだ。

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2006年9月27日 (水)

しゅうへい氏インプレッション

東京有数の閑静な住宅街の一角にあるNAIT邸を訪問しました。奥様とご子息そしてお嬢様の歓迎を受け、しばらく歓談した後システムの音を聴かせてもらうことになりました。

結論を先に言いますと、NAITサウンドの特徴は、超精密な楽音表現と尋常でない奥行き感と言えるでしょう。

上流機器がディスクに刻まれた情報を余すところなく搾り出し、ロスの無いDA変換をしていることが正確無比な楽音再生に結実しています。また、プリアンプを介さずdCS社製DAコンバーターのデジタルヴォリュームにて音量調節を行うことでハイビジョン映像のような鮮明な描写能力を確保していると感じました。

ティールCS2.3はバーズアイ木目が美しい仕上げで、アイボリー系で統一されているインテリアに上手く溶け込んでいました。極厚の大理石をベースとし、スパイク支持にも入念な試行錯誤の後がみてとれます。

さて、いよいよ試聴に入ります。先ずはフュージョン系の高音質盤からスタートです。ある程度の予測はしていたのですが、音が出た瞬間、部屋の空気が一変しあまりのリアル感に鳥肌が立ちました。

よく「ピンポイントに定位する」という表現を我々はしますが、NAIT邸の楽音は直径5cmほどまで絞り込まれ音像は微動だにしません。ヴォーカル再生にかけている私は自分のシステムのセンター定位にはいささか自信があったのですが、音像は20cmぐらいになります。NAIT邸のヴォーカルはまさに口の大きさになるのです。

その後、いろんなソースを聴かせてもらいましたが、ある一定の鳴り方をしていることに気付きました。それは、スピーカーを結んだ線から後ろに楽音が定位するということです。俗に言う「後方定位」というやつですね。

視覚的な表現に置き換えれば分かりやすいと思うのですが、音の洪水のようなソースをかけた場合、拙宅では混濁のため分離せず音が団子になることがしばしばあるのですが、NAIT邸では、幾重にも重なりあった楽音が各々の画層にビシっとピントが合った状態で存在し、前後左右の距離感を正確に維持します。

驚くのはその画層の最後尾の距離です。よく「壁抜け」なんてことを言いますが、NAITサウンドは基本的にスピーカー背面のカーテンの向こうに展開していますので、最も遠い音は遥か彼方、そう冗談ではなくかるく20mほど向こうに小さく声楽が存在したりするのです。その様は、ホール1階後方の座席からステージを見下ろす距離感とほぼ一致します。

異次元再生はさらに続きます。テストCDの和太鼓をかけてみます。すると録音された部屋の広さが分かるんです。これは直接音と間接音の到達時間の差異が正確に再生されないと実現できない芸当ですが、NAIT邸ではアタックの瞬間の立ち上がり、太鼓ボディの共鳴、そして合成音が壁に当たって帰ってくる残響をとりこぼしなく再生しますので音粒が行き来する空間の広さを再現してみせます。

ここまで研ぎ澄まされた音質であれば、通常なら硬めでクールな音色となる場合が多いのですが、ジェフ・ローランドDGのパワーアンプがほのかな暖かみと色気を演出します。

そして決め手はこのブログでも度々紹介されているプラチナやシルバーと言った貴金属線に自然素材被服を施したケーブル群の効果です。音場表現の効果もさることながら、硬軟や寒暖の絶妙のバランスをとっているようです。まさにニュートラルな質感と感じました。

NAIT邸を訪問されたマニアの多くは寡黙になり考え込んでしまうことが多いと聞いています。私は平静を装っていましたが、心中は動揺しまくりでした(苦笑 自宅に戻り、NAIT邸で聴いたのと同じ盤をかけてみたのですが、数曲でとめてしまいました。

Shuhei_1完敗でした。好み云々以前にステージが違いすぎます。負けず嫌いの私は速攻で、次の一手に手をださざるをえない状況となりました。(早速その「次の一手」を投稿いただきました)

ハイセンス&インテリジェンス、「音は人なり」を改めて痛感したオフ会でした。私はNAIT邸をあらたな聖地と位置付け、今後も巡礼を繰り返し、己の音の研鑽の刺激にしたいと決意しました。

NAITさん 素晴らしい音をありがとう!!(^○^)//

しゅうへい 2006年9月26日

詳細なインプレッションを頂き、しゅうへいさんには感謝感激です。正直なところ、あまり手前味噌になるのもどうかと思い投稿は躊躇しましたが、御本人の背中押しもあり、このような形にさせていただきました。どうぞ2割引くらいでご理解ください(笑

スピーカーの向こうに音場展開する「後方定位」はある意味ティールの特質で、これが気に入って使っている部分が大きいのです。カブリツキで聴きたい方は別のSPを選ばれることでしょう。

また、Delius直結は、バランス接続の印象がよりピラミッドバランスであったためにそうしました。自作プリはシングルエンドであったためパスしました。20数dB絞っていますが、ビット落ち等の心配はほとんどないと思います。

それから、しゅうへいさんの行動力には恐れ入りました。早速、今流行りの某デジアンがお宅に鎮座しているではありませんか!!

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2006年9月26日 (火)

床に始まり、床に終わる

Yukaオーディオ機器を設置する際、言うまでもなく床がすべての土台になる。重量級の機器を下支えするだけでなく、ダンピングの効いた低域や揺らぎのない定位を得るためには、床は避けて通れない要素だろう。

恵まれたオーディオ愛好家の場合、専用ルームの床の施工と言えば、地面から立ち上げたコンクリートに無垢材を直に敷くのはお約束だろう。オーディオボードなど介せず、そこにスピーカーのスパイクを直に立てて楽しむわけだ。

しかし、私を含めた都市部の多くのマニアはマンション住まいが多いのではないか。目指す地点が同じとすれば、明らかにハンディを背負っていると言えるかもしれない。しかし、工夫次第でかなり満足のできる再生も可能ではないかと考えている。

参考になるかどうか分からないが、拙宅の例をご紹介しておこう。分譲マンションには多いと思うが、当方の建物では階下への振動や音を軽減するためにコンクリートスラブから金属柱のようなスペーサーで浮かして、その上に厚い合板を敷き詰めてある。そして遮音・防振シートを挟んで床材を敷くという工法のようだ。ちなみに、床材自体はソフトな素材ではなく、割と硬い。

通常の生活には全く差し支えのない床ではあるが、オーディオとなると話は別だ。このような条件では、スピーカーからのエネルギーをストレートに床に伝えてしまうと、かえって床が鳴ってしまう。余計な共鳴で低域がブレると、全体的な定位感も阻害される。剛性セッティングは裏目に出ることになる。あくまでも恵まれた床の持ち主に許された贅沢と考えよう。

では、逆にフローティング的な発想で柔軟なインシュレーターで浮かせばよいのかと言えば、それも音に難ありという印象だ。例えばティールのようなハカマが一体型のスピーカーをゴム系のインシュレーターで設置すると何とも生彩のない音になってしまう。

落としどころは、両者の間のどこかにあるようだ。

カット&トライで行き着いた設置法は、床板→オーディオテクニカ製ハネナイト・ゴムインシュレーター4個→300mmX450mmx50mmの大理石ボード(クレマー・マーフィル)→アコースティックリバイブ製真鍮スパイク受け→J1ハイブリッドコーン→CS2.3底面、という構成だ。

自分の見解では、質量のある大理石を「仮想的な地面」と見立て、それより上はハイスピードを殺さないように剛性セッティングとしているが、代理石と床は振動を吸収する粘性素材を介することで振動伝播を遮断している。ハネナイトよりさらに粘度の高いポリマー系インシュレーターで試しても面白そうだ。

この時、ボードの質量は大きいほど良い。理論には明るくないので直感的な話で例えるが、知恩院の釣鐘は巨大であるため、突いてもほとんど揺れない。また我々の住んでいる街は巨大な地殻プレート上にあるが、そのプレート自体は流れているのだ。

実際、低音による床鳴りが発生するまでの音圧マージンが随分と拡大したことから、かなりの効果が上がったと感じている。同様の床構造でお困りの方は、一度実験していただきたいと思う。

ところで、頑丈な床と思っていても、案外オーディオボードを介在させたほうが再生音として好ましい結果が出ることも多いようだ。特にコンクリート直の場合はそうかもしれない。好みもあるだろうが、荒削りな再生音を整えて潤いや繊細さを与えたい場合には、対策ボードは有用なツールだろう。頑丈な床であっても過信せずに、虚心坦懐に再生音と向かいたいものだ。

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2006年9月25日 (月)

遠方より友来たるあり

Mapしゅうへいさんと言えば、京阪神エリアのハイエンダーでは屈指の存在だろう。当ブログにコメントいただいているモアのUENOさんや、豊中サウンドのDolonさん、そして京都の首領、某K村さんとも親交がおありだ。

そんな彼が土曜日に神戸から来てくださった。前日の東京出張の機会を利用して、拙宅のサウンドをご自身の耳で確かめに来られたのだ。ご連絡いただいたのは数日前だったのでかなり緊張が走ったが、めったにない機会を逃したくなかったので快くお迎えすることにした。

私は実家が大阪にあるため、これまで何回か御影にお邪魔する機会を得たが、しゅうへいさんがこちらに来られたのはこれが初めてだ。嬉し恥ずかしの気分だった。

しゅうへいさんとの親交はかれこれ5年以上になる。サウンドの趣向はそれぞれ違うものの、共に切磋琢磨し互いの状況を常に話し合ってきたオーディオ仲間だ。また、家族構成もよく似ているという点で、人生5年ほど先を走っておられる先輩でもある。

彼はInfinity Renaissance90をメインにLinn Majik CD→Mark Levinson No.38SL→Classe CAM200という構成で鳴らしておられる。ご自身で「女性ヴォーカル専用システム」と言い切っておられるように、中域の質感に特に拘りのある方だ。それゆえ、いたずらにド級の機器に手を出しておられないところが潔い。

一方の私はと言えば、雑食系ではあるが、主にクラシックのステージを立体的で高解像度な絵を観るかのごとく聴きたい一心でオーディオをやってきた人間だ。時に手綱を緩めるような手法も取り入れてきたが、基本は全くブレていない。そんな私の趣向にしゅうへいさんがどう反応されるかが心配だった。

細かい点についてはご本人のお話に委ねたいが、合計3時間ほど拙宅のサウンドを楽しんでいただけたようだ。

1枚目CDの0:02くらいでソファの上でのけ反っておられたが、好印象と受け止めて良いのだろうか。。。また時折、目蓋を閉じて「ヒュルヒュル・・」「ピロピロ・・」「シュルシュル・・」とつぶやきながらSP間の空間を指さしておられた姿が印象に残った。

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2006年9月24日 (日)

合成素材版・6+1=7

61polimer_1一本一本が和紙・絹で絶縁された単線を複数のリッツ線構造として使う場合、6+1=7が有用であることは以前に申し上げた通りだ。しかし、各線の結合や撚りの角度を均一に保つように製作するのは結構大変なのが実情だ。

ここにガラスチューブや最小限の熱収縮チューブを利用することで、かなり楽ができてしまう。音ヌケに若干の妥協が必要かもしれないが、元から相当に研ぎ澄まされたシステムで試聴しない限りは、実使用上の大きなデメリットはないだろうと判断した。

構造断面を見れば、すぐに作り方もお分かりかと思う。2φ程度のガラスチューブ7本を等角度で撚っていき、薄手のヒシチューブで上から押さえるわけだ。こうすることで、曲げがかかった場合でも構造を保持できるようになる。

これはいわば「配管」である。ここに和紙・絹被覆のPtやAl線を通すわけだ。どのポジションに何を通すかはアイデア次第と言えるだろう。シングルエンド、バランスという伝送方法の違いでもベストのポジションは変わってくる。

Stackard_1左図はシングルエンドケーブルのほんの一例だが、HOTとCOLDを2本ずつ用意し、スタッカード構造としたものだ。電力通過時に発生する磁界が互いにキャンセルしあうことから、長尺ラインなどで効果が期待されるだろう。また、電気的にはどこにも接続しないが、ダミー配管に何か別の金属を入れても面白いかもしれない。

Stackard2_1また、中心1本をHOTとし、周囲6本をCOLDで囲んで同軸構造とすることも考えられる。僅かながらもシールド効果が期待できるかもしれない。 ただし、右図ではAlの音が勝ちすぎになるので外周の何本かはAgにすべきだろう。

以上のように、多くの構造パターンが考えられる。製作者の自由な発想で面白いケーブル作りに挑戦していただきたい。

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2006年9月23日 (土)

心のクロック同期

Wdsync_1自分の趣味の世界とどう向き合うか、人それぞれのリズムがある。

私のリズムは、集中的にのめり込む時期が来て、数ヵ月から半年後くらいに熱が冷めてしまうというパターンかもしれない。しばらく続けては別の趣味に傾倒し、一巡してまた戻ってくるという感じだろう。

真摯にオーディオと向かい合っている時期は、心のクロックが同期して、判断力と感性の鋭さを保ちながら次なるステージに昇華できるものだ。

仕事は常に向き合わないといけないから、同期が外れても何とか続けざるを得ない。趣味は楽しいものだが、時に気分が乗らない時期もあるものだ。いつでも離脱できるから、いつまでも向上しないこともある。

そんな中でも常にスロットル全開でオーディオ道を突き進んでいる方は尊敬に値する。私のように周期的にいくつかの趣味をローテションしている方の方が現実には多いのではないだろうか。

再びオーディオモードに入るきっかけも、人それぞれのようだ。大物コンポーネント導入を起爆剤とする方もあるし、アクセサリーが予想外の展開に結びつくこともある。また、何も購入せずとも、以前からちょっと気になっていた設置方法の変更などで大きなインスピレーションを得ることも多い。

秋口に入り、自分の心のクロックはオーディオと同期した。今回のきっかけは、アイテムの購入でも設置変更でもない。気温が下がったことかもしれない。

夏は嫌いだ。西日本の方には叱られるかもしれないが、東京の夏はとてもオーディオには向かない。音を出す気も失せてしまう。私のオーディオシーズンは、どうやら秋口から翌年の初夏までのようである。

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2006年9月22日 (金)

合成素材との共存

Smtube私のケーブル製作スタイルが天然素材の被覆を中心とすることは、既にご紹介した通りである。しかし、機器内部の基板をはじめ多くのパーツに合成樹脂被覆の配線ケーブルやコネクタやなどが多用されているのも事実だ。その意味では天然素材を錦の御旗に掲げるのはどうかという指摘もあるだろう。

実際、私も最近ではいろいろと樹脂メッシュやチューブなどを最小限の範囲で取り入れている。安全に扱いやすいし、ケーブルの構造も作りやすい。それに何と言っても見栄えが良い。音に妥協するつもりはないが、大きな阻害にならなければ良いのではないかと思う。ただ、この手のチューブ類は幾重にも被せると音ヌケを曇らせるようだ。

地金の鮮度を殺さないように和紙・絹という最小限の天然被覆を重ねるわけだが、絹メッシュ線がプラプラ状態のケーブルは製作者でないと扱いが大変だ。いわば漁師が自分で獲った魚を港でさっとさばいて食するようなイメージだ。一方、慣れないユーザーが扱う場合、鮮度が若干落ちてもチューブ等で安全な取り回しを確保するのが良い。都会のスーパーの魚は体裁良くパッケージ化されているが、鮮度は漁師の獲った魚には敵わないのと似ているかもしれない。

このようなことから、自分のシステム背面はかなりプラプラ、である。

自分の経験の範囲ではあるが、主なケーブル材料と傾向をご紹介したい。なお、これらは秋葉原のタイガー無線で入手可能だ。どれも店頭にいつも置いてある。リール買いすると随分お得である。

【スミチューブF】
収縮度は4割くらいか。難燃性Fタイプの仕上厚はゴツめなので、保護や構造保持には向いているが、ケーブル1本をすっぽり覆ってしまうと悪影響が多いと感じた。赤、黒、白、青、黄、など豊富な色が用意されている。色による音質差は試したことはない。

【ヒシチューブ】
スミチューFより薄くぺらぺらで、収縮度も大きい。段差の大きい部分にも上手くフィットする。薄いので音への影響も比較的マイルドに思う。ヒシチューも数色が販売されているが、淡いグレーのものが影響が少ないと感じた。

【SFチューブ(メッシュ)】
一般的な黒メッシュである。最近ではシャークワイヤー製の青、赤、黄、透明あたりも販売されているようだ。振動モードのコントロールや市販ケーブル風の見栄えの為に用いる人が多いと思うが、もとはと言えば、大昔に故長岡鉄男氏がこれに通すと音が良くなったと言い出したのが発端のように記憶している。私は外観上の理由で付けて欲しいといわれる場合を除いてはお薦めしていない。

【シリコンゴムチューブ】
高価で仕上厚はかなりゴツい。ただ柔らかさがある。ほとんど使わないので音の評価はしかねる。黒と灰が用意されているが、後者はTimelord Absoluteケーブルの熱収と同一素材である。

上記はいずれの場合も「必要悪」と考えており、使う場合も一重以上は被せないようにしている。

比較的無難に使えるのはガラスチューブだ。和紙・絹の基本単位線をこれに通して使っても特に悪影響は感じていない。構造を作るときにも便利に使える。白黒が入手可能だが、音質的には白が無難に思う。

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2006年9月21日 (木)

魔のコーナー

Tslimオーディオのいじり所として、ルームアコースティクスは感覚的にわかりやすい分野だと思う。スピーカーユニットから放射された空気振動の振る舞いを調整するので、音の変化もダイレクトだ。基板のコンデンサ定数と再生音の関係を考えるよりは、音響調整パネル一枚立てる方がはるかに耳に分かりやすいだろう。

しかし、実際に自分のリスニング環境に体系的に音響理論を応用しようとすると、たちまち捕らえどころがなくなる。石井式ルームや定在波を回避する寸法比など、参考とすべき理論は多々あるだろうが、この手の雑誌記事は斜め読みである。多くの方の環境はモデルケースとは随分違った現実の中にあるはずだ。

拙宅も例外ではなく、生活環境と同居するリビング・オーディオである。物の位置が毎回同じであることはなく、常に何かの音響的な条件が違っている。一次、二次反射面も距離が左右非対称だし、壁の材質も異なる。初めに理論ありきの演繹的な手法は効かない。

その結果、場当たり的な対処療法が主になる。PCとテストマイクを用いた簡易な手法でF特を測定することもあれば、純粋に耳の好みで追い込んでいくことも多い。いずれにせよ、室内音響が変に感じたら原因探しから暗中模索で始めることになる。

現在の部屋も7年ほど経つので、おおよその「クセ」は把握してきたつもりだ。他のお宅では違うかもしれないが、90度に直交する壁コーナーが曲者のように感じている。ここから反射してくる音がサウンドステージの自然な広がりを阻害するように感じてならない。

既に生産完了らしいが、ASCタワースリムをコーナーに立てているのはせめてもの対処である。コーナーは曲面が良いようだ。本当は3面で作られる部屋の角だけでなく、天井と壁の2面で作られるコーナーも処理できればいいのだが、外観上なかなか厳しいものがある。

唯一の頼みの綱であるタワースリムも、ますます家人に追いやられつつあるようだ。訪ねて来たお客が、絨毯を巻いたものを立てかけていると言うそうだ。また、少しAVをかじった程度の人は、巨大円筒形サブウーファーと思うらしい。お陰でこちらは大迷惑だ。

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2006年9月20日 (水)

重いオーディオ、軽いオーディオ

Rackオーディオ機器は、とにかく重い。かつての「質量=音の良さ」という悪しき公式の名残りなのか、それとも「重いオーディオ」は真実なのか。

設計のことはよくわからないが、各々のコンポーネントが果たすべき機能を考えれば、ハイエンド機器はどれもオーバースペックだろう。しかし、この設計でないと出ない音なのだと言われれば、そうかもしれない。結局、定評のある機器はそれなりにマスを投じてあるようにも思う。

いずれにせよ、設計思想や投入される技術は機器によって千差万別だ。大切なのはユーザーがどういうポリシーで何を選択するかというあたりだと思う。

音の重要さもさることながら、私はできるだけ軽くて済む機器を選ぶようにしている。スピーカーは仕方ない部分があるが、概ね一品あたり40kgを越えるものは敬遠しがちだ。

理由は、一人で持ち運べないのは困るからだ。私にとってのオーディオは極めてパーソナルな存在であって、自分であれこれ設置変更できないようでは意味が無い。だから、音が良くて軽いに越したことはない。

P70はあの無骨な面構えから想像できるように、25kgと結構重い。デザインも本当はもっと薄くさらっとしているほうが好みだが、あれならではのサウンドがあるので目をつぶって許している。

Deliusは音もデザインも大いに気に入っている。ただ、外観とは裏腹に想像以上の重さがある。

Model10も、当時では画期的なスイッチング電源を搭載し、あのコンパクトな筐体でよくSPを駆動してくれる。電源部と増幅部がワカレなので、移動も簡単だ。

ラックのMaster Referenceでさえ、音もさることながら、一人で分解して移動、設置できるから選んだ部分も多い。ただし単身での組み立ては一筋縄ではいかない。

最近、「軽いオーディオ」は華々しい進化を遂げている。チップの集積技術や回路基板の技術が進んだことから、大抵の機器は高度にコンピュータ化している。また、アンプの増幅回路もデジタルアンプの台頭で従来製品は戦線恐々だ。

特に猛威を振るっているのがeARのパワーアンプだろう。既にこれに魅せられたマニアも多いはずだ。私自身は、意図的に避けてきた部分もあって聴く機会を得られていないが、下馬評ではどうやら好みにドンピシャらしい。その小振りな筐体とあいまって、非常に危険な存在だ。

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2006年9月18日 (月)

オーディオショップに求めるもの

Dysnjkこの趣味を続ける上で、ショップとの付き合いは重要だと思う。しかし、そう頻繁にカネを落としつづけられるほどこちらも体力はない。よくお世話になる販売担当者さんに、決算期ごとに協力してあげられるわけでもない。また、マニアの趣向も細分化しているので、複数のショップを利用するのが常だろう。

マス・プロダクション、マス・セールスという意味では、ピュアオーディオは既にその範疇から外れて久しい。専門店にとっても、生き残るにはデパート外商のごとく上得意客を囲い込んだり、販売チャンスを広げるためにネット通販を充実させねばならない時代になった。

皮肉にも、ここに空洞化が生じているように思う。ショップからお伺いを立てるような上得意客とネットでよってくる層との間、つまり実際に店頭の雰囲気を楽しんで商品を見てみたい客層がおざなりにされているように感じる。最近のショップ店員はPCにしか向かっていないのかと驚く場面も多い。

上得意客に該当しない私のようなマニアは、購入する前後だけショップと仲良くなる。そして数年のブランクができる。途中で気になる機種が出たときは、最近は予約試聴や貸出試聴もできるようになったが、なんとなく聴いてみたい程度なのに購入意思をちらつかせてショップに気を持たせるのも面倒だ。

幸か不幸か、私は大田区に住んでいるので秋葉原には気軽に通ってきた。ラジ館や東ラジで電子パーツやケーブル資材を調達するのが主な目的だが、気が向けば時に試聴スペースにも顔を出す。だが、ごく一部の体力のある販売店を除き、既にに斜陽産業となったオーディオのために電気街の一等地にスペースを確保できるはずもない。

結果として、とても敷居が高そうな、逃げ場所のない狭いスペースでの試聴環境しか得られない。親しくもない店員を横に、なかなか落ち着いて聴く気にもなれない。

広く浅く売れる時代ではないだろうから、ショップ店員の対応も悪化する一方だ。店員もメールでやり取りするときと実際の接客時ではかなりギャップがあると思う。あまり多くを求めては酷かもしれないが、せめて買う意思のある客には真摯に接してみよと言いたくなる。

興味本位で聴きたい場合には、むしろ精力的にオーディオに取り組んでいる個人宅を訪問すると勉強になる。幸い、関東の多くの愛好家と知り合いになることができた。自分の興味のある製品を使っている方も多い。そういう方々すべてを訪問するのは難しいが、ユーザーの現場の声はとても参考になる。

ショップに対して苦言が続いたが、中には非常に懇切丁寧に対応してくれる店員がいることも強調しておきたい。ただ、ショップのカラーというよりは、個人のセールスマンシップという職業意識の有無に関わる問題のように思う。優良スタッフに一度お世話になると、またそこでお願いしたくなるのは誰しも同じだろう。コンポーネントとの出会いと同じように、店員とも良き出会いが必要だ。

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2006年9月16日 (土)

微変は激変

Crack私たちは何故にオーディオ機器やアクセサリーを交換するのか。マイ・サウンドの追求と言ってしまえばそうなのだが、長くやっていると機器の交換はいくつかのタイプに類型化できるように思う。

多くの方の定石は、新しいコンポーネントを導入したら半年から数年間かけてじっくりとその素性を引き出して自分のサウンドに融合させていくという攻略法だろう。音やデザイン、あるいはブランドのオーラに魅せられて購入した機器だから、腰を据えて対峙するのは懸命な選択だ。

一方、「即日退場」に近いことを繰り返す愛好家も実は多い。十分に試聴してから導入したほうが無駄がないだろうにと思う一方で、こういう方々にはある意味拍手を送りたい。自身の音の好みが明確で、そこから僅かでも外れたサウンドには妥協できないからだ。いっそのこと大満足が得られるまでとっかえて欲しいと思う。

しかし、普通の人はなかなかこうは交換できないだろう。金も続かないし、音を聞き分ける判断力と精神力も失ってしまうものだ。かくしてケーブル、インシュレーター、あるいは怪しいvoodoo(密教)アクセサリーに手を出して調整する方が多いのだろう。

大物コンポーネントについては、投資額の大きさによる「信頼感」や「信仰」といった要素が耳に影響する場合があると思う。これだけ投じたのだから、変な音になったらそれは他にボトルネックがあるのだ、私のシステムが悪うございました、とその機器にひれ伏すことになる。

しかし、アクセサリーに対しては愛好家は意外に厳しいものだ。概して安価に大きな変化が得られれば、好みは別としてもその「効果」を確認できたとして一定の評価を与えるように思う。逆に、高くて効果が感じられない場合は、自分のシステムとの相性など気にせずに「駄作」のレッテルを貼る方が多いのではないか。

ただ、効果や好みの如何にかかわらず、自分以外の人にしてみれば全てが微変にすぎないかもしれない。

だが、亀の歩みであっても進み続けたい。まっすぐにはいかないことも多いが、いろいろ寄り道するのも楽しいものだ。

「神は細部に宿る(God is in the details)」とは、世界3大巨匠の一人に数えられる建築家ルートヴィッヒ・ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe)のお気に入りの言葉だった。

以前、オーディオの友人でデザイナーをされている方が教えてくれた。マイ・サウンドの追求も、細部に妥協することなくこの精神でいきたいものだ。

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2006年9月15日 (金)

オーディオ雑誌の意味

Ssどんな分野の趣味にも、必ずお手本的な役割を担う雑誌がいくつかはあるものだ。オーディオも70-80年代の勢いは既に失ったが、依然としてステレオサウンド誌はじめ数誌が存続している。しかし、紙から音は聞こえない。我々オーディオ愛好家は、そのような雑誌から何を読み取っているのか。ふと考えることがある。

今週発売されたばかりのSS誌を手に取ってみた。以前にも増してほぼ全てが商品カタログと言ってよい。それも新製品のみならず、往年の旧製品もご丁寧に並べてある。期待していた製品のレビューも今ひとつ物足りない。また無駄な一冊を買ってしまった。

いわゆるハイエンド・オーディオ雑誌は、方向感を失って久しい。それは裏を返せば、ユーザー側が求めるものもかつてのような老舗ブランドの「良い装置」が欲しいといった一方向のベクトルから、個性的なサウンド・スタイルを追求するようになったということだろう。

最近の装置はどれも「良い装置」だと思う。数十万も出せば音楽をかけるには十分なセットが手に入る。そこから先の「味」を求める我々は、一般社会から見れば「狂人」だろう。

ただ、雑誌側にも同情する。狂人を相手に自らのレゾン・デートルを考えることはきっとアタマの痛い問題だろうと想像する。多様化した個々のサウンドニーズに応えるのは大変だし、かと言って編集方針を一本化するのは商売上のリスクを伴う。結局、当たり障りのない「高級イメージ」を提示するだけの内容を延々と繰り返している。

一方、自作系オーディオ雑誌もずいぶん様変わりしてしまった。裕福なユーザーも増えたし、そこそこ良い装置が安価に手に入るので誰も自作しなくなった。逆に失敗を重ねて下手なアンプを組むことは金と時間の無駄にしか映らなくなってしまった。かくしてMJなども何がやりたいのか見えなくなっている。

趣味のお手本という意味では、むしろエンドユーザーである個人を訪問するほうが最近は遥かに勉強になる。皆さん豊かだし、いろんな知識や技術を結集して取り組んでおられる。今のオーディオ雑誌界に商品宣伝以上のことを提示してくれるスタープレイヤーはいないのか、と問いたくなるのは私だけではないはずだ。

私自身は長岡派でも金田信者でも何でもないが、機器に手を加えたり小物を自作するのは大好きだ。趣味は買い物やコレクションに終わっては面白くないと思う。自分のアイデアや工夫を加えてこそ個性が出るというものだ。面倒なケーブル自作を続けているのも、どこかに自分らしさを出したい気持ちがあるからなのだろう。

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2006年9月 9日 (土)

プラグのはなし

Rcaslk_1SPケーブルを剥ぎ出しで結線する場合を除いて、ケーブルの両端には必ずプラグが要る。線材に比べるとあまり陽の当たらないプラグであるが、システムの入口から出口まで何個も信号が通過する接点パーツである。この品質は気になるところだと思う。

当然、RCAやXLR端子だけに拘るのはおかしいと思われる方もあろう。実際、機器内で信号線は多くの基板を通過し、お世辞にもこだわりのパーツとは呼べないビニル樹脂の基板コネクタを介して細いビニル線で受け渡しが行われている。重箱の隅を突くようなものだとという議論も十分わかる。

欲を言えば、量産品には内部配線のあり方について改善の余地が多いが、そこは妥協してせめてケーブルの両端だけでも高品質なプラグを使いたいと思う。内部配線の高品質化といえば、まず球アンプのハンドメイド空中配線が思い浮かぶし、市販品の内部配線を強化したり接点をバイパスする方も多いと思う。

私自身、自作した金田式パワーアンプNo.158の内部配線の9割以上を絹巻Ag線に交換した経験があるが、そのノイズフロアの低さ、そして結果としての聴感上のS/Nは凄まじいものがあった。現用のJeff Rowland Model 10よりも無音時のSPから漏れ出るノイズは明らかに静かだったのだ。ただ、総合的なドライブ能力の点から158は退役した。

話がそれてしまったが、高品位なプラグとは何なのか、これも実は奥の深い問題だと思う。これみおがしに物量を投入すれば良いとも限らないし、接触抵抗、インピーダンス、素材、メッキ、工作の容易さなど判断基準は多い。WBTやカルダスなどの高級ブランド品なら安心という考え方もあろう。

自分としては、構造的にしっかりしており、肉薄ボディに妙なメッキ等で華やかさを演出するようなプラグでなければ、あとは音の好みで決めるのが良いという意見だ。むしろ均整の取れた普及クラスのプラグに積極的に接点改造等を加えて高品位化を図る方が面白いと思う。

私の製作スタイルでは、プラグに高級品を使うことはあまり無く、中庸なトーンを求めてXLRではノイトリックの標準的な3pin(非金メッキ)を愛用している。もっとも、このラインは最近マイナーチェンジをして、ブッシュ周りの処理が若干変わってしまった。

また、RCAでもノイトリックのProfiを多用している。Profiは活線抜き挿し時に不意の「ブツッ」音を出してSPユニットを傷めない配慮がなされたプロユース向けの製品だが、中庸なトーンで再生音の品位も高いプラグだ。ただし、私流のケーブルの端子工作にはあまり適した形状でないのは残念だ。伝統的なWBTタイプ(nexgenでない従来品)が確実に固定しやすい。

滅多に作らないキワモノだが、秋葉原の端子パーツ屋である小沼製のRCAのピンを3.2φの極太Ag線に挿げ替えてしまう改造も面白い。このとき、ケーブルの+極もピンの延長線で作ると、2つの機器間のRCAを繋ぎ目の無い一本のAg線が貫通するわけだ。仕上げにRCAチャック部分を絹糸でダンプすると更に鳴きが減って良い。バランス端子では、Canon XLRプラグにPt線で接点改造したりもする。

ここまでやるとかなり情報量と音の純度が上がるように思う。ただ工作精度を出すのは容易ではないので、多くの端子が練習台に終わることも考えねばならない。オヤイデ等の銀プラグを利用したほうが早いかもしれない。

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2006年9月 8日 (金)

「点支持」の妙

Masref自分流のサウンドが繊細感と立体感を重視していることはご承知の通りだが、メインコンポーネントの舞台裏で活躍してくれているのが、拘りのラック・インシュレーター群だ。これなしには、繊細に切れ込む音のエッジに薫る空気感の再現は難しいと考えている。もちろん、音の基本的なベクトルが豹変することはないが、設置アイテムによるニュアンスの仕上げは、サウンド作りにおいては看過できない大きなファクターだ。

端的に言えば、使用製品の多くはスパイクによる点支持の製品である。ラックのFinite Elemente Pagode Master Referenceは大掛かりな水平スパイクで棚板が固定されているし、同メーカーのCerabaseはP70を複数のボールポイントで支えている。もっとも、外見的には体裁の良いインシュレーターの形状だ。

また、CS2.3もJ1 Projectのハイブリッド・コーンで大理石上に3点支持としている。さすがにスピーカーは電気信号を空気振動に変換するトランスデューサーであるので、支持方法の如何で再生音のダンピング感や音場感もかなり変化するようだ。面設置のインシュレーターに交換すると、どうも生彩がなくなってしまう。

振動学など難しい話はわからないが、多くのコーンないしスパイク製品の能書きは、点という最小面積で接触することで不要な外乱振動をカットし、かつその形状によって設置した機器から来る振動の伝達速度を加速して逃がすことで音の立ち上がりと制動をハイスピードに行う、ということのようである。

ただ、サルの如く何でもスパイクを立てれば良いかといえば、そうでもない。実際いろんなインシュレーターを試してみると、単にスパイクであるからというだけでは期待するような効果は出ないようだ。中にはハイ上がりのスカキンに終わるものも多い。高精細だがヴォーカルの湿度やボディー感を保つインシュレーターは本当に少ない。もちろん、振動の測定データがあるわけではなく、単に再生音の比較の印象でお話しているわけだが。

点支持していないアイテムを考えると、Delius(これは2本のゴムラインによる「線」設置か)、model 10(標準の鋳鉄製足4個)、DENKEN(標準の硬いゴム足4個)の3つになる。ちなみに、ラックが全体としてスパイクだらけなので、システム全体がスパイク設置と言えなくもない。

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2006年9月 7日 (木)

入口と出口

Deliusオーディオの資源配分の考え方として、入口(ソース機器)を重視するアプローチと、出口(スピーカー)を重視するアプローチがある。一般には、音のキャンバスであるスピーカーに良いものを選ぶのが定石だ。

しかし実際問題、グレードアップの過程ではソース機器に偏重する時期もあるだろう。理想的にはシステム全体のバランスをとりながら質を向上できればよいのだが、一気に全てを新調できるほどオーディオの現実は甘くないようだ。

自分自身の遍歴を見ると、ここ5、6年の私は上流重視で来たように思える。2000年にティールCS2.3という、比較的安価だがポテンシャルの相当に高いスピーカーと出会ったことが大きいと考えている。その当時はマランツCD16Dという薄い一体型CDPを使用していたが、ティールによって音のキャンバスが各段に広くなったため、ソース機器に欲が出てきたのだ。

2001年秋、発売間も無いMSB Platinum Plusを導入した。接続方法や各種モードを吟味していったが、今考えても価格に比してハイパフォーマンスなDACであった。ただ、常時通電が必須であることに気付いたのは数ヶ月後だった。動作の安定度が各段に向上した。しかし、マランツを代用CDTとしていたため、送出しの脆弱さが浮き彫りになった。専用トランスポート探しが始まった。

結局、Esoteric P70に落ち着いた。P-0Sには敵わぬ部分も多いが、ジュニアモデルとして現在も十分に通用するCDTだと思う。低域の彫りの深さや全体的な立体感の良さはもちろん、VRDSにしてはキンキンと押付けがましくない繊細な質感描写は、このモデルならではだ。現在ではセラベースを設置して、さらにディテールや音場感を大切にする方向に調整している。

この間、増幅系も高S/N化、ワイドレンジ化を進めた。当初のマランツの大型プリメインPM15から最終的にJeff Rowland Model10+自作プリに変遷した。プリは金田式DCアンプのキット販売で知られているテクニカルサンヨー製のラインセレクターのオペアンプや配線材などに手を入れたものだ。ちょっとした市販プリよりもS/N、解像度、空間感が良いと思う。

とりあえず安定期が続いていたが、昨年ひょんなことでdCS Deliusを導入したことから、また過渡期に入ったのかもしれない。長らく楽しませてくれたMSBは退場となった。P-70+Deliusの情報量は半端ではない。Elgar plusに次ぐジュニアモデルではあるが、Deliusの低域の凄みは事前の予想を遥かに上回った。

事態の流動化に拍車をかけたのが光城精工のDENKEN DA-7100HGだ。この導入でシステム全体の写実感が一層アップした。これでもかなり納得できるサウンドに近づいたが、逆にキャンバス自身の限界も近いのではないかと感じ始めた。過去6年間楽しませてくれたCS2.3にも、そのうち入れ替えの周期がめぐってくるのだろうか。もっとも、あてがあるわけではないのだが。

オーディオとは非情なものだ。

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2006年9月 6日 (水)

10万円という鬼門

Manあぶく銭が10万円できたとしよう。普通の経済感覚の持ち主であれば、ちょっとしたことは大抵10万あれば事足りるはずだ。しかし、オーディオ投資にあてる場合、コンポーネントの予算としては少なすぎるので、ケーブル投資を考えたとしよう。

誤解を恐れずに言えば、ケーブル購入で10万は鬼門だと思う。市販ケーブルの新品で10万クラスを買うなら、正味の地金代として10万を投資すべきだと思う。SPケーブルなら迷わず3φAgを大量買いすべきだ。ラインならPtを数メートル購入できる。その方が遥かに妥協を排した1ランク、2ランク上のグレードに到達できると信じている。

10万クラスの市販ケーブルの購入層は、恐らく1コンポーネントあたり50-60万クラスの中級オーディオマニアではないかと想像するが、原価は如何ほどか推して知るべしだ。コストパフォーマンスの点では、むしろ切り売りで安価だが侮れないものを探した方が潔い。電源ならフジクラ、ラインならモガミなど、良いものがある。

勝手なことばかり申し上げたが、20万円台以上のハイエンドケーブルを狙うのなら、市販製品に魅力的なものが多い。自作材料もこのレベルになると購入を躊躇してしまう。トランスペアレントのリファレンスXLシリーズやMITのオラクルシリーズは私も機会があれば是非入手してみたい逸品だ。自作では出せない手の込んだテクノロジーにも興味津々である。

また、10万円を中古ハイエンドケーブルにあてるのは賢い選択肢だ。ショップ、オークション、あるいは知人から型落ちのフラッグシップが入手できればしめたものだ。やはりフラッグシップモデルからはメーカーのコダワリの音が聴こえてくる。これが自分に合うかどうかで、メーカーとの相性が見えてくる。ジュニアモデルの傾向もおおよそ想像できる。

自作品、市販品を問わず、ケーブルグルメとは楽しいものだ。

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2006年9月 5日 (火)

6+1=7

61任意の種類・径の地金に和紙・絹被覆を重ねたものが基本単位となることは既述の通りだが、それをどうケーブルの形にまとめるかは奥の深い問題だと思う。平行二芯、螺旋、完全フリーなど、様々なバリエーションが考えられるが、材料の価格の問題もあれば、用途によって好結果が出るパターンも違う。また工作精度の問題から作れる構造も限られてくる。

お断りしておくが、私流のケーブルは音ヌケを大切にしたいがために、一部デジタルケーブルを除いてノン・シールドとしている。また、遊び心で味のバリエーションはあるが、基本は高解像度とワイドレンジの確保を狙っていることはお約束である。

私の標準的なパターンを簡単に整理してみたい。

<電源系>
【素材】3φAg(細い素材は不可。極太Cu,Al,Inなどと組み合わせても面白いかも)
【構造】平行二芯
<SPケーブル>
【素材】3φAg(素材グルメは避けるのが無難。Agが正攻法)
【構造】平行二芯
<信号系>
【素材】0.Xφの様々な地金が利用可能。また極太Agでも結果が出る
【構造】何でもアリ

電源の平行二芯モノでは強固に束ねるかどうかが意見の分かれるところだろう。概してバインドした方が馬力が出てくるようだ。間隔をとるのも面白いが、3φ超もの「金属棒」をバインドせずに一定間隔で流すのは工作難なので、実際には何らかの束ねが必要となろう。

SPケーブルも極太系が望ましい。以前に友人が0.3φPtのみで実験したが、イマイチに終わったという報告を得ている。Ptでさえ太いものが必要になるわけだが、価格的に非現実的だ。何メートルも材料が必要になるので、ここは正攻法でいきたい。

一番制限が少ないのがラインケーブルと言える。1m程度だし、デジタルケーブルのようにインピーダンス整合はとりあえず気にしなくても何らかの音が出る。

ライン系で便利なのが、同じ直径の基本単位線で作る6+1=7の構造だ。構造強度的にも安定している。各ポジションに任意の単線を置いてバリエーションが作れる。写真では分かりにくいが、中心の1本を周りの6本が囲みながら螺旋を描くように進んでゆく。

RCAの場合、中心1本をホットにして周囲6本をコールドとしても良いし、点対称の2つの位置に+-を振っても良い。またスタッカード構造の配置も考えられるだろう。バランスも同様にいろいろ遊べる。使っていないポジションにはダミーコアを入れても面白いだろう。

6+1構造は、見た目にもより普通のケーブルらしく仕上げることができ、プラプラと絹被覆線を垂らしている私のシステムより見栄えは各段に良いはずだ。

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2006年9月 4日 (月)

ケーブルもBTOの時代へ?

Btoc_1勘の良い方なら、これまでの流れから私のケーブル製作のポイントを読み取っておられるだろう。つまり、(1)和紙・絹という天然素材被覆が芯線金属の素の音を引き出す、(2)異なる金属を利用してケーブルの音質をコントロールする、という点である。投稿記事では紙や糸を使うクラフト職人的な部分が目を引くが、主眼はむしろ後者にある。被覆はあくまでも地金のアシストだ。

いつかケーブルにもBuilt To Orderの時代が来るのではないかと思う。好みの音質傾向に合った地金を複数選択し、ケーブルの形として仕上げるわけだ。極めてシンプルな手法ではないか。

既出だが、ホットにPt、コールドにAlを使うことで、Ptの上下に伸びたレンジを生かしつつ、Alの柔らかさを加味することができる。高解像度を求めたいが中域の温もりを失いたくない方にはお勧めの組み合わせだ。一方、最右翼なハイスピードサウンドを求めるならPtやIrで構成すると面白いだろう。また、トロトロの甘美さを求める向きにはAu、Al、Inが有力候補となるだろう。

上記は既存の伝送理論のパラダイムから見れば、さもふざけた話だと思う。私とて、既存の科学に挑戦しようなどという気はさらさらないし、その能力もない。ただ思うのだが、理論派はケーブルグルメをオカルトと見るのではなく、音質を決定するあらゆるパラメータを真剣に探求すべきではないだろうか。

そういう時代が来るまでは、実践を頼りにしたい。実際に聴いてみればケーブルで音は違うし、芯線の金属でも違う。私はこのことを利用して、自分の好きなようにオーディオシステムの音を調整しているだけだ。

有名な高級ケーブルにPurist Audio Design (PAD)があるが、このメーカーは独自の「治金術」を謳ってケーブル界に大きな地位を築いた。最近のモデルは不勉強だが、液体シールドを使っていた頃のドミナスやプロテウスの柔らかく広がる音場感は、実はAlやInで再現できる。前述の友人、clef氏との実験とアイデア交換を通じて得た結論だ。

もっとも、一部のPADケーブルの中身については、Belden製CAT5では、とのスキャンダラスな噂もあり、自身が謳った「治金術」どころの話ではないかもしれない。詳細をメーカーに確認したことはない。いずれにせよ、異種金属アプローチでPADトーンに酷似したサウンドが出せることは事実だ。

ハイエンド・ケーブルと呼ばれるメーカーは、とかく能書やブランドイメージで購入前から客に音を「想像」させる傾向がある。中身の如何にかかわらず、ユーザーは清水の舞台から飛び降りる覚悟で購入した一本を信ずる。それも趣味のあり方としては悪くない。だが、私はケーブルの中身は明瞭でいきたい。

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2006年9月 3日 (日)

アニール

Flame_1夜毎、皮手袋を着用し、芯線を炎にかざす。次第に赤く染まる芯線を手際よく移動させていく。

アニール(焼きなまし)は、芯線処理の第一段階だが、必須かどうかは意見が分かれているようだ。実際、あぶりすぎると1φ以下のAg線はプツンと焼ききれてしまうこともある。Auは溶けて球になる。Alはボロボロに砕ける。また、ほとんど使わないがCuはモロに酸化銅になるので火あぶりはご法度だ。

以前、知り合いのオーディオ愛好家の方で、筑波大の研究施設の真空炉を使って極太銀をアニールした方がおられたが、とても羨ましい環境だ。

アニールはまるでメリット皆無のように聞こえるが、Agについては、地金が随分と柔らかくなる。3φ超のAgで作られた電源やSPケーブルを扱う場合、感覚としては「金属棒」をグイグイ曲げてシステムに合った形に配線するようなものだ。少しでも柔らかいほうがありがたい。

また、測定したわけではないが、軟化することで素材固有の共振周波数が下がり、耳につくような鳴きも低減するのではと考えられる。ただ、最終的な鳴きの有無というのは、和紙・絹被覆によるダンプや両端の端子の出来とも密接に絡んでくるので、地金のアニールの有無だけでは測りかねるだろう。

Agについては、もうひとつメリットがある。硫化したAgは黒く変色しているが、再度アニールすることで魔法のように原状復帰するのだ。赤い炎から出てきたAgは元の白い素肌を取り戻している。手間を惜しまなければ、何年も使った絹巻きAgケーブルは、オーバーホールすることで新品に戻るのだ。

一方、Ptは必ずアニールすべきと考えている。そのままだと0.Xφ未満の芯線は曲げを繰り返すうちに折れてしまう。アニールすることで、俄然柔軟になり、引抜に対しても強くなる。

ちなみに、アニール時にはアルコールランプを使用すべきと思う。一度キッチンのガスコンロでAgをあぶったことがあるが、炎自体に硫黄ガス成分その他が含まれているのだろうか、芯線があぶった尻から茶色っぽく変色した。東京ガスは避けるべきだ。不純物のないアルコールの炎が望ましい。

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2006年9月 2日 (土)

絹糸のはなし

Thread私流のケーブル素材で、和紙と同様に重要なのが絹糸だ。しかし、絹糸にも様々な種類があり、どういう種類がケーブル製作に適しているのか判別するのは非常に大変である。

素人の説明を聞くよりも、西陣の糸屋さんを少し覗いてほしい。おびただしい種類の絹糸が販売されている。私もストックが無くなったらここから購入しているが、少額で大量に購入できるのがありがたい。

撚りが密にかかっておらず、蚕のフィラメントの一本一本がまだ目視できる段階の黄色っぽい状態の絹糸が、最内周には良いと思う。具体的な品番は社長の吉川氏と折衝の上、決定した。こうした生糸に近い状態で購入できるのは、問屋ならではと思う。

刺繍糸のような精錬・染色された完成品の絹糸は好ましくないようだ。化学的処理がなされていないナマに近いものが良さそうである。自分で様々な絹糸と音質の関係を検証するのは不可能に近いので、この辺りの情報は先人の経験を頼りにした。

ご近所の手芸店などで調達したい場合には「タイヤー」印の糸が良いと先人から教わった。しかし、関東ではあまり見かけない製品のようで、いろいろ探したが結局入手できないまま、後に西陣にお世話になることになった。

ちなみに、3φ銀単線の場合、第一層の絹巻きには黄色い糸を使うが、第二層には白く硬さのある糸を好んで使っている。こちらは絹特有のホワイトシルバーの光沢があって、外皮に使用したときの仕上がりも美しい。一方、0.Xφの芯線に絹メッシュを重ねる場合は、黄色い糸を使って一層としている。

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2006年9月 1日 (金)

和紙のはなし

Wasi 私流のケーブル被覆には第一層に和紙を使用するが、その種類は千差万別で、どれを製作に利用すればよいのか戸惑うはずだ。全国手すき和紙連合会を覗いただけでも目が回りそうだ。

素材としての和紙として1m四方などのシート状で販売しているものが望ましい。油紙やポリエステルが表面に含まれているものは避けるべきだろう。東急ハンズなどでも純粋な和紙が何種類かは入手可能だ。

比較的入手しやすく、作業効率の良い和紙を選ぶ必要がある。肌理が細かく極薄で腰の強い和紙が望ましいだろう。繊維が荒いものはごわごわした感触で、1φに満たない芯線に巻くには適さない。また少し引っ張っても切れないくらいの腰があれば理想的だ。

私はハンズ渋谷店でたまたま条件に合う和紙を入手することができたが、探せば他にもいろいろな選択肢はあると思う。

加工方法については、追々製作編でご紹介できればと思うが、0.Xφの芯線に対して、幅1mm-2mm程度に和紙を細く裁断したものを螺旋状に巻いていく。半分から三分の一程度に重ねしろをつけながら進んでいく。3φAgの場合は和紙の幅も5mm程度取れるので、比較的楽だろう。

乾いた状態の和紙ストリップは非常に巻きにくいので、何かを塗布すると良いかもしれない。以前にネット上で見かけた情報では、例えばテフロンチューブに銀線を通しやすくするためにスクアランオイル塗る方がいるそうだ。こうした方法も応用できるかもしれない。

ただし、以前にも申し上げたが、最内周の被覆は芯線に直に触れる部分なので、材料は厳選する必要がある。Agに巻く場合、和紙マスキングテープが簡単と思われるかもしれないが、粘着層がAgを早期に変色させるのであまりお勧めできない。

この工程が第一関門となる。手先の器用な方でないと無理かもしれない。どうしても、という方はマスキングテープでも良いだろうし、私流の主旨から外れるが、カプトンテープを細く裁断して巻いても良いかもしれない。カプトン巻きは自作マニアではよく知られた手法だ。

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