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2007年1月

2007年1月31日 (水)

困った・・・

Towelバスタオル掛けを動かすのが面倒だった。

妙に音がいい・・・

シマッタ・・・(((;-_-) どけておくべきだった・・・

SP外側のミニソネックスパネルとあいまって

空間がスッキリと見通し良い。

家族全員のバスタオルが中高域を吸収しているのか・・・

ルームチューン材の場合とは違って、嫁ハンの文句はゼロ。

家庭内ノイズは極めて低い。

普段はコレでいくか・・・?

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2007年1月30日 (火)

ミニソネックス

Sonnexルームチューン材の隠れた名品に東京防音のミニソネックスがあると思う。基本的には凸凹のスポンジだ。

この手の製品としてはかなり安価な部類に入るだろう。近年ではフロアスタンディング型のパネル上に仕立てた対策品が多く発売されているが、1枚数万もする。それでも輸入品よりはマシかもしれない。

ミニソネックスはピンポイントでかなり効くようだ。拙宅では木枠に2枚をはめ込んでパネル状に工作したものを2枚使うことが多い。ティールの外側から1mほど離して両サイドに立てるように設置すると音場が安定する。

もちろん、部屋の環境は個々のお宅で異なるので一般化は難しいが、センター定位がしっかりと揺らぎないものになるようだ。つまりは条件の異なる左右の壁の反射を抑制しているからと思われる。確かに、立てかけない場合はヴォーカル位置が不安定気味。

ミニソネックスは低域は吸音対象外である。拙宅では別途タワースリム2本をリビングのコーナーに1本ずつ配置している。それでも特定コーナーではブーミーな部分がある。

ルームチューン材は使い出すとキリがないのは分かっているが、一度好結果が得られると外したくなくなるのが人情だろう。意匠的にはカッコワルイ製品がほとんどなので、拙宅でも罵倒されつつ何とかこれらの製品を使っている。

ただ、ふと音響調整材を外したら何の違いもなかった、なんてこともあるので、何事も思い込みは禁物だろう。

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SNSの使い方

Mixi自分はmixiのメンバーシップも一応持ってはいるが、今ひとつ使い道がなく放置気味である。もちろん逆のパターンで外部ブログはおざなりでmixi日記をマメに更新する方も多いと思う。

この手のネットツールは日進月歩なので最近はついていくのも面倒になった。昔は多くの趣味仲間が特定のネット掲示板に喜び勇んで書き込んだものだが、その匿名性から誹謗中傷が横行し、SNSのようなタイプが出現したものと思う。「内輪」が好きな日本人には似合うのかもしれない。

だが、最近はその理解も現実から乖離しているのではないかと感じている。mixiだって会員数が増えてアカの他人だらけだし、商売がらみのスパムだって多い。また、友達であることの証拠作りに相手の日記を踏むのも疲れるものだ。

結局、すべてが面倒くさくなった。自分の言いたいことを発信するのが楽だ。ネットという平場のブログにはそういう意味があるのだろう。

一方、個人的な相談やディスカッションの類には公開制限のかかったSNSが好ましいのだろうが、上のような理由で敬遠気味である。日常的にオーディオ談義をする人間はほとんど決まっているので、要件があればメールでやりとりすることの方が多い。

要は皆で話すことから自分は遠ざかっているのかもしれない。年のせいだろうか.....

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2007年1月28日 (日)

受験シーズン

Konjo世間では大学受験シーズン真っ盛りのようだ。

自分にとっては大昔の出来事で、子供もまだまだそういう年ではない。拙宅は今一番受験戦争から遠い位置にあるのかもしれない。

オーディオ仲間にもお子さんが受験の方もいるし、ご自身が担任の先生として受験指導にあたっておられる方もいる。なかなかストレスの溜まるシーズンだろう。

先日行われたセンター試験だが、自分はまだ「共通一次」の時代だった。最近の大学受験の状況はよくわからないが、当時は高校生がウヨウヨいて、自分の高校ではクラスも10はあった。生徒数は減っていると思うが、受験の状況は楽になったといえるのだろうか。

恐らく答えは逆だろう。人気大学の競争率は相変わらず高い一方で、定員割れしてしまう底辺の大学は経営難に陥る、そんな構図が本格化してきたのかもしれない。

大昔を思い出すと、自分は運が良かったのか、いくつも私大を掛け持ち受験することなく最小コストで日の丸の運営する大学に入ることができた。私大のシステムはイヤラシイ。受験料は当然として、入学金も国公立の結果が出る前に納付させるはずだ。親はたまったものではないだろう。

受験生を抱えるマニアの軍資金が枯渇するのも無理はないかもしれない。お子さんの試験で親はどうしようもないだけにいろいろご苦労が多いと思うが、2ヵ月後には是非とも気持ちよく春を迎えていただきたいものだ。

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2007年1月27日 (土)

オーディオ的100均

100yen最近の100円ショップは恐ろしい。かなりの品揃えだ。

久々に近所のダイソーに入った。日用雑貨のありとあらゆるものが並んでいる。もちろん、品質を問うのは酷な商品も多いようだが、とりあえずああいう値段でモノが揃うこと自体が驚きである。

オーディオ的に何が使えるかと考えてみた。2φや3φのアルミ線があるではないか。実は以前にCV呼び線通しのときにも使用したが、園芸、手芸用のアルミ線はケーブルにも使えるかもしれない(^^; 純度はいかがわしいが。

注意書きにはしっかり「電気は絶対通さないでください」とある(笑

その他ボーッと眺めていたが、アルミテープはシールドに使えそうだし、マウスパッドでインシュを工作したり、SPケーブルのフローティングに紙コップとか(笑 ルームアコースティクス関連でも使えそうなものがあるかもしれない。

申し上げるまでもないが、まずはシステムがちゃんとしたものでなければダメなのは当然である。しかし、100均から学ぶことがあるとすれば、それは実は取るに足らないアクセに膨大な出費をしているのではないかということかもしれない。

もちろん、効果が歴然としたアクセや、値段とパフォーマンスのバランスが良いアクセも多いので、そこは誤解なきよう。

ムンドのフルシステムの黒子に100均グッズ.....何と面白いではないか。

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2007年1月26日 (金)

折り紙

Cake拙宅の子供二人はまだ小さいので、大人から見れば原始的な遊びや工作を楽しんでいるようだ。特に娘の方は折り紙やあやとりが好きで、私もしばしば付き合わされている。

父は0.Xφの芯線に絹メッシュ被覆を組むくらいだから、あやとりなど楽勝であるv(^^) むしろ感心するのは最近の市販折り紙だ。

伝統的な色とりどりの正方形の紙をパッケージ化した折り紙ももちろんあるのだが、完成したときに対象物の図柄が出てくるように初めから紙にイチゴだ葉っぱだと印刷されているのだ。当然、折り目の線なども印刷済みなので微妙な角度で折る場合も間違えることがない。

「恐竜折り紙」「ケーキ折り紙」「よく飛ぶ紙ヒコーキ」など柄が印刷済みの商品が結構売られている。なかなか面白くてついつい折ってしまう。ほとんどは私の作品だ(^^; 特に紙飛行機はホントにスイスイ飛ぶので不思議だ。

考えてみれば、最近の子供の遊びもDSだ何だと高度化しているので、昔ながらの折り紙などあまりやらないのだろう。図柄を印刷してready-madeにでもしなければ折ってもらえないのかもしれない。自分が小さいときは本を見ながら苦労してチラシで複雑なものを折ったものだ。

折り紙の展開図があるかどうかは知らないが、最近はパソコンが普及したお陰でPDFの形でいろんなペーパークラフトの展開図が入手できるようだ。糊で立体に貼り合わせていく作品が多いようだが、この世界もハマると深いのかもしれない。

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2007年1月25日 (木)

腕時計

イマドキの世の中、時刻を知る為に腕時計を身につける人はかなり減ったのではないだろうか。ケータイや多種多様のデジタル・ガジェットで時間を知ることができるからだ。ただ、ふと時間を見たいときに時計が腕にあると便利なのは事実だ。

ウォッチはオーディオファイルの三種の神器に入るだろう。残りは恐らくクルマとカメラだと思う。私も相当このパターンにハマっていると思う。

とはいえ、某オーディオ評論家センセが持っているような1本何百万もするバセロンやパテックなどといった孤高のブランドとは無縁である。そんなゼニがあれば迷わずオーディオ軍資金に回すだろう(^^;

かといって、ロレの中堅モデルやオメガ、タグといったメジャーすぎるスポーツウォッチはあまり気が向かない。ファンの方には大変失礼で申し訳ない。音も同じだが、全てテイストの問題だろう。

Uno自分はもっぱらゼニスのようなクラシカルな雰囲気を持つものや、思い切ったデカさでインパクトを狙うパネライのようなモード系が好きなようだ。普段はさらっとドイツ製Watch People(現在はXen)のモデルをつけることが多い。安いがデザインが凄く気に入っている。

腕時計に拘りだすと必ずムーブメントの問題に突き当たるだろう。つまり、クォーツか機械式か、さらには手巻か自動巻かといった話になる。それぞれの優劣はあるだろうが、デムパ時計が普及したので、自分としては時刻はそちらに任せて、もっぱら趣味を追求すればいいと考えている。

また、オーディオ同様、海外製に拘らずに国産最高峰を目指すのも面白いだろう。特にグランドセイコーのスプリングドライブは技術的にもユニークだし、ステイタス的にも持っていて損はない製品かと思う。信頼感という意味ではアキュフェーズにも通ずるところがあるだろう。

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2007年1月24日 (水)

音(^^)楽

セッティングのツボにハマってから、音楽がガゼン楽しくなった。特に管弦楽が活き活きと鳴るようである。ようやくLa Scalaの本領発揮というところだろうか。

音楽が楽しい.....これが本来の再生音楽鑑賞の在り方であるはずなのだが、アクセ弄りだ何だと横道にそれ、そのうち大物アイテムを買い換えるなど本末転倒な事態に陥った方も多いはずだ。

だがそこはオーディオマニアの定めとしてお許しいただきたい。そうでないと、ただの「音楽ファン」になってしまうのだから(^^;

ティールの足まわりにも若干変更を加えた。J1のハイブリッドコーンの3点スパイク支持はやめてアコリバの丸型真鍮インシュ(スパイク受けとして販売される)にハカマをベタ置きしている。両エンドへの伸び、ディテール、空間感がそう後退することなく、アンサンブル全体にエネルギーと厚みが加わって好ましく感じられる。

スパイクを立てて引き締めるのは解像感や空間感を向上させるには有効な手段だが、今の気分では若干の不透明度が加味されても、逆にそれが厚みある実体感として感じられるわけだ。それでもP-70的な世界から大きく後退していないのは、セラベースのお蔭である。

昔の録音になるが、ビクターのリマスター盤でライナー・シカゴ響によるバルトーク「管弦楽の為の協奏曲」やプレヴィン・ロンドン響によるチャイコフスキー三大バレエのハイライトをざっと聴いた。また比較的新しい録音盤ではハイティンク・コンセルトヘボウ管のショスタコーヴィッチ交響曲全集から斜め聴きした。

それぞれのウンチクはさておき、ここにきてようやく作品の余韻が心に残るようなリスニングができるようになった。システムが良くなったからなのか、自分の意識が変わったからなのか.....

Wesboundこの感触は他のジャンルでも似通ったものだった。リー・リトナーのウェス・モンゴメリーへのトリビュートアルバム"Wes Bound"を久々にかけてみたが、上質な録音とあいまって、リトナーが弾くジャズギターは繊細ながらもかなりの熱気を伴って心に残った。こんな気持ちは久しぶりだ。

次回は是非ともこのトランスポートで「椿姫」や「アイーダ」を聴かねばなるまい(笑

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2007年1月23日 (火)

ツボにハマる

Tubo物欲、好奇心、向上心.....マニアをシステム弄りに突き動かす誘惑は多い。ポン置きでじっくり聴き込めばよいものを、ケーブルやセッティングをあれこれと弄るのはマニアのサガだ。

しかし、結果としてそういう「小細工」から多くを学ぶことができるのもマニアの特権だと思う。今日は久々にそのことを実感できた。

正月からVerdi La Scalaをどう自分のサウンドに取り込むかで悩んでいたが、ようやくセッティングのツボを発見した。P-70の時と同様に、決め手はまたもセラベースであった。

Deliusにラックの最上段を奢り、さらにセラベースを履かせるセッティングがもっとも好結果であると結論付けたい。もう数週間こんなことばかりやっているわけだが、この設置方法は自分の中でも確信を得た。

先日投稿した「Verdi+セラベース」は、封印することにした(笑

繰り返し申し上げてきたP-70とVerdiの「二つの世界」がVerdi単体でかなり融合してきた感触だ。つまり、キリリと引き締まった彫の深い音像と、伸びやかに柔らかく広がる音場空間の両立だ。もちろん、当社比ということだが。

どうやらDACには特等席を与えるのが最も良い結果となった。これは裏を返せばDeliusがまだまだ完成の域には遠いDACであるという証明かもしれない。

今後ますますP-70の使用頻度は減っていくのだろうか.....

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2007年1月22日 (月)

メタル派、ウッド派

Ceraハイエンドオーディオを追求する上で、電気信号の部分しか考えない方はいないだろう。信号のフィデリティーだけで結果万歳ならこのギョーカイは平和である。それに加えてスピーカーキャビネットを司る素材の違い、あるいはコンポーネント、ラックから部屋まで、耳に到達するまでの全ての関係箇所の素材が音に影響を与える。

最近のオーディオ製品、特にSPキャビネットの素材の使い方を見ていると、程度の差はあれハイブリッド系がクセを強調しない中道穏健派路線としてメジャーな気もするが、ウッド系とメタル系は元来いがみあってきた経緯があると思う。今でも「金属臭い」「生ぬるい」などと互いを揶揄するシーンも見受けられる。

私は本来はメタル派だと思う。金属切削、研磨という工程には一種の憧れのような感情を抱いてきた。今ではかなり知られるようになったが、東大阪の見附精機さんには同社がオーディオパーツを手がけるようになった頃からかなりのカスタムインシュレーターやその他のパーツを加工してもらった。プラグを改造するための治具の切削をお願いしたこともある。

近年うっとりきたのは、やはりフィニッテ・エレメンテのセラベースの加工だ。工程には詳しくないが、表面をよく見ると実に細かなヘアライン仕上げの感じがする。純粋な鏡面ではないし、ヘアラインと分かるほどの荒い仕上げでもない。1個削るのにどのくらいの時間がかかるのだろう。

金属といえば、大物を忘れていた。アルミをくりぬいたジェフ筐体である。これはお持ちの方なら分かると思うが、実に表面がデリケートで嫌になるほど取り扱いには気を使わざるを得ない仕上げだ。また、YGのように本当に大きな物もある。ここまでの製品規模になると、重箱の隅を突くような仕上げのアラは気にしないほうが精神衛生的に良いだろう。

メタル信奉者がそのイメージから来る先鋭的なサウンドばかりを求めているかと言えば、案外そうでもない。金属でも軟金属であるアルミからは柔らかいサウンドが取り出せる。もちろん柔らかいといっても程度の問題だが、金属素材も使い方次第なのだ。

逆にウッドからも先鋭的な再生音が出せる。アフリカコクタンの木繊維を縦にしてインシュレーターとした場合、金属に勝るとも劣らぬ元気の良いサウンドとなる。

一方、第三の道として樹脂というのも有力だ。ウッド系のように湿度の影響を受けないし金属ほどガチガチの音は出ない。加工性も高い。ウィルソン系で知られているXマテリアルはその代表的存在だろう。

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2007年1月21日 (日)

ホール

Hall日曜は娘のバレエの発表会だった。衣装の可愛さで習わせているようなものだが、それでも五反田のゆうぽーというかなり大きなホールを使う大掛かりなものである。

昨年は東京芸術劇場あるいは新宿オペラシティなどの新しいホールに何度か行く機会があったが、ゆうぽーとの設計や建築は古めの印象だ。音楽鑑賞の為に設計されたというよりは「講堂」の延長のような形である。

オーディオマニアの父的には、こうしたホールを訪れる度に音響設計に関心がいってしまうのは仕方あるまい。どのくらいの間隔で凸凹面が作られているか、あるいは傾斜面の形はどうなのか、などチェック項目は多い。

残念ながら、ナマ演奏ではなく録音をバックに踊るので音的にはたいしたことはないが、ホールの残響の在り方は自室では再現すべくもない。大きな空間で最適となるディレイタイムはリスニングルーム程度の大きさだと短かすぎる。つまりディレイというよりは変調がかかったような嫌な響きとして感じられるのだ。

自分は室内音響の理論的なことはわからないが、上記の問題を解決する為に全吸音が良いと考える方も多いようだ。つまり嫌な響きの原因となる短い残響は除去したほうが害が少ないというアプローチだと思う。別の言い方をすれば、ディスクに刻まれた音だけを聴いて部屋による付加音を排除するものだ。

ただ、低音から高音まで均一に吸音するのは容易ではない。上は比較的安価で簡単に対処できるが、低音の吸音には手を焼くだろう。それに仮に吸音が成功したとしても、無響室で聴くような音楽は楽しいといえるだろうか。

経験上、部屋は吸音よりも反射拡散の方が豊かで瑞々しいな再生ができるように思うし、音楽鑑賞という点でもポイントは高いのではないだろうか。ただし、10畳程度のスペースでは前述の嫌な残響を防ぐ工夫が必要であろう。一から施工した専用ルームならともかく、普通の部屋は平行面でできているからだ。

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2007年1月20日 (土)

冬の音

Winter今日の東京は少し雪がちらつく寒さ。暖冬の中で久々に「らしい」天気となった。

私は夏のダラダラした精神状態よりも冬のピリリと身が引き締まる空気が好きだ。そんな傾向が自分のオーディオ再生にも反映されているのかもしれない。

温度感が低いのが好き、とは決して思わないが、締まりのない音は嫌いだ。ピンと張り詰めた音場空間に定位する音像が一つの理想である。

気温とオーディオ物理学との関係は深い。ケーブル導体について言えば、気温の変化で電気抵抗が上下する。細かい数値は専門家にお任せしたいが、空調をかけない場合の夏と冬の室温差は、導体の純度のベンチマークとされている"N"に換算すれば軽く数個分は変わってしまうくらいの話らしい。

ということは、アクロを始めとするケーブルメーカーがしきりに能書きで謳う7Nや8Nというのは、聴き手側の室内環境で大きくブレているはずである。そのN一つの差で製品価格がウン万円上乗せされているのだから、オーディオは怖い世界だ。

もちろん、ケーブルが音に与える影響は直流抵抗だけでは測り知れないだろう。むしろケーブル構造に起因するインダクタンス成分の方が再生音に与える影響は大きいと考えている。

物理的な話は別としても、やはりピリリとした中で聴く音楽の方が精神的には澄みきった気分になるので不思議だ。大阪と比べると東京では春になっても結構寒い日が続くようなので、まだ数ヶ月はキリッとした音楽が楽しめそうだ。

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2007年1月19日 (金)

ネタであってほしい...

Vercera音のためにあらゆる妥協を排除した機能美......

今にもパタパタと飛んでいきそうorz

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2007年1月18日 (木)

負けるなハイエンド

Denonピュアオーディオという趣味を長くやっていると、何かとハイエンドだフラッグシップだと雲の上の方ばかり眺めがちだが、オーディオ趣味全般の状況も時には考えた方が良さそうだ。

昨年末あたりから、「高級シスコン」と分類できる製品にいよいよデジタル化と小型化の波が激しく押し寄せてきたようだ。もちろん今までも同じような製品はあったはずだが、SACD/CDプレーヤーとデジタルプリメインという構成で洒落た外観をまとったペアコンポーネントを最近よく見かける。

従前このクラスは音質的にも製品ランク的にも明らかに低位のものと考えられていたのだが、最近のデジタル化・小型化は上位クラスとの差異をかなり狭める結果となっているのではないか。設置環境をあまりツメずに適当に部屋に置いてBGM的に聴く程度であれば、入門ピュアあるいは中級ピュアあたりまでの製品との違いはあまり出ないであろう。

国産のSP+2点セットで20-30万で収まってなおかつ相当に良い音であれば、普通人は何ゆえ輸入高級オーディオ機器を求める理由があろうか・・・

自分は設備の面でもマインドの面でも既にドップリなので今更ランクがどうとか国産がどうだとか申し上げる気はないが、評論家の菅野センセが昨秋のIASで繰り返しのたまわっていた話を思い出す。

ごく大雑把に言えば、「国産メーカーには海外輸入ハイエンドの邪魔をしてほしくない」という主旨の話だったと思う。オーディオの発展は単に新技術やマーケティングだけでは成し得ないものであり、人々の音楽芸術に対する認識が成熟しないことには発展しない、という考えだ。

自分は国産オンリーでも舶来(笑)オンリーでもないが、氏の話には共感できる部分もある。今ゼネラルオーディオで起こっていることは直接ハイエンドには関係ないかもしれないが、ハイエンドに繋がる入門から中級ラインを食うという意味では看過できない問題かもしれない。

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2007年1月17日 (水)

12年前

Kobe12年前の1月17日といえば、阪神大震災だろう。

当時の自分はまだ大学生で、大阪の実家に住んでいた。大阪と京都の中間の北摂エリアなので神戸からはかなり離れていたが、それでも体感で震度6くらいには達した。明け方の暗い部屋の天井が揺れに合わせて菱形に歪んでいった様子が今も記憶に残る。

幸い家屋に大きなダメージはなく、小物が棚から崩れ落ちた程度だった。唯一後悔したのは、当時使っていたセレッションの2way小型スピーカーが二度目の余震でスタンドから落ちて角が陥没したことだろうか。初めの揺れで下ろしておくべきだった。

あれから早12年。「自分史」を振りかえってみると、1995という年はいろんな意味で人生の分水嶺だった気がする。

年初から大震災。所属していた大学の学生の安否確認の作業を連日手伝った。兵庫から通学していた学生も多く、電話が全く通じないエリアもたくさんあった。同じゼミ生の中には家が全壊した人もいたし、知人の中にも亡くなった方が数名いた。

精神的に落ち着かないうちに今度はオウム事件だ。3月には地下鉄サリン、5月には教団施設に公安当局がガサ入れするなど、相次いで報道シーンが騒がしくなった。

名立たる報道番組に連日オウム幹部が出演し、自らの主張を日本中にタレ流した。今思えば、視聴率至上主義の名の下にそんなことを許していたテレビマスコミの責任は厳しく問われて然るべきべきではなかったのか。

・・・

数ヶ月後、報道の世界に身を投じようとしている自分がいた。

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2007年1月16日 (火)

ココログまたメンテ

ここのところ失態続きのココログのメンテであるが、本投稿がアップされたのち間も無く24時間メンテが始まる。技術的なことはよくわからないが、ヒンシュクなのは確かだ。

知らぬ間に何年もniftyに加入しているが、トラブった時や文句が言いたいときの顧客対応はすこぶる悪い会社である。最近上場したわけだが、首をかしげざるを得ない。

以下がそのメンテの概要。コメントは書けませんのでご注意ください。

2007年1月16日(火)15:00~1月17日(水)15:00の約24時間

◇メンテナンス目的

 システム拡張性確保のための準備(DB分割準備)
 ココログベーシック/プラス/プロのバージョンアップ

メンテナンス中はココログの閲覧は可能ですが、コメントは受け付けることができません。

次回のファイン・ライン投稿は水曜の夜になります。

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気のせい

Pigオーディオアイテムを比較するとき、陥り易い罠があると思う。それは「違いを探し出すために聴く」ような姿勢になってしまうことだ。本当は「気のせい」程度のことかもしれない。

もちろん、そのような次元を越えた確かな違いもたくさんあるわけだが、数時間後、あるいは数日後に同じことをやると「あの時のアレは一体.....」と思うこともしばしばである。

全ての比較試聴は個人の主観に関わってくる。過去の経験や場数に左右されるだろうし、聴き所のツボは各人で異なるので、この手のインプレの読み手側には「行間を読む」あるいは「翻訳」作業が必要となる。

そんなリスクを前提に、自分の主観と環境の下で変化の度合いを類型化してみた。もちろん「ウチはそんなことないよ」という方がいて当然であろう。主要コンポーネントは固定ということでご理解を。

【再現性があり、確信の持てるもの】 スピーカー位置の変更/スピーカー設置方法の変更/室内音響調整材の位置変更/聴取位置の変更

【違いは感じるが確信が持ちにくいもの】 信号ケーブル(プリ以降)の変更/機器設置方法の変更(ラック・インシュ等)/ディスク清掃・消磁

【違いは確実だが、理由がわからないもの】 デジタルケーブルの変更/屋内配線からヒューズまで、あらゆる電源関係

【プラセボの国】 アース弄り/信号プラグの清掃/システムエンハンサーの類

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2007年1月15日 (月)

戦隊ヒーロー

Boukenいわゆる「戦隊モノ」の元祖となったのは「秘密戦隊ゴレンジャー」だと思う。自分が小さいときにリアルタイムで見ていたテレビだ。

戦隊モノは今もなお小さな子供たちの間で人気で、現在放映中なのは「轟轟戦隊ボウケンジャー」だ。今日は近所の商店街のボウケンジャーショーに子供を連れて行った。

自分が小さかった頃は親がめんどくさかったのだろうか、あまりこういうショーに連れて行ってもらった記憶がないが、大人になって見てみるとそれなりに面白いものだ。

ただの勧善懲悪のチャンバラだけでは最近ではウケないようで、悪役怪人がいろんなギャグやトークを織り交ぜながら司会のお姉さんとショーを進めていくというパターンが一般化している。

中に入っているバイトさん達もご苦労だが、殺陣が適当だと観客にもすぐにわかってしまうので真剣にやってもらいたい。今日のショーはストーリーも面白くスタッフも皆テキパキと動いて良かったが、散漫なショーの場合はヤジが飛ぶこともあるようだ。

戦隊モノでもウルトラマンシリーズでもそうだが、親の世代もほとんど抵抗感なくその世界に馴染んでしまう。日本人もすっかりテレビ少年世代が一巡したのだなぁと感慨深い。考えてみれば、初代ウルトラマンの登場から今年で40周年だから、そりゃ親もウルトラ世代だ。

ところで、自分は知っているが、上記の「轟轟」をどう読むかご存知だろうか?笑

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2007年1月14日 (日)

動作音

VrdsここのところVerdiを送り出しのメインに使っているが、非常に静かである。

最も賑やかなのは後にも先にも初代P-0なのではないか。「シュィーン」というロボコップさながらの動作音はオーディオファイルの間では伝説となった。後継のP-0Sも先代よりは静音化されたがそれでも気になるレベルだ。

P-70は動作メカニズム上、凝ったトレース過程が省略されているのでP-0ラインよりは静かだが、久々に非VRDS機を使ってみると非常にスムーズな感触がする。VRDS機は質量のある皿を回しているので、ローディングから演奏時までそのマスを感じさせる動作音が聞こえてくる。

もちろん、VRDSならではの音質が好きで使ってきたので苦にはならないが、静かなメカと併用していると違いが気になるのは仕方ないのかもしれない。Verdiはソニーの水平ローディングSACD/CDメカだったと思うが、TOCの読み込みもそれほど時間がかからないのでストレスもない。

拙宅のような至近距離でシステムを並べている状況では、回転メカの動作音やトランスの唸りは小さいに越したことはない。以前にDACにMSB Platinum plusを使用していたが、時々トランスの唸りが発生して気になったことがある。

大規模なパワーアンプも要注意だろう。製品の「仕様」として唸りが避けられないものもあるだろうし、日本の100VACという環境だからこそ発現する唸りもあるかもしれない。あるいは「ハズレ個体」の可能性もある。

この点では近年のデジタルアンプは楽だと思う。大抵は大型トランスを必要としない回路設計なので従来型パワーアンプの唸りとは無縁なのだろう。拙宅の今後の駆動系はやはりデジアンが軸になっていくものと思う。

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2007年1月13日 (土)

またリセット

Reset2拙宅のサウンドはまたリセットとなった。

CVの時にも申し上げたが、電源配線を変更したりコンポーネントを取り替えるなど影響の大きい変化があると、間違いなくスピーカーセッティングの見直しが必要になると思う。それはほんの数センチの設置位置の違いかもしれないし、数度の振りの違いかもしれない。しかし、動かしてみないとベストの感触はつかめないことは確かだ。

先日来、P-70からVerdiに軸足を移してシステムを弄っているところだが、単なるトランスポート比較という段階は超えて、入口を生かす出口の在り方を模索中である。依然として途中経過ではあるが、CS2.3の振りと足回りをいくぶん変更した。

音を練るアプローチとして、P-70の時はセッティングの脇の甘さをことごとく排除する中に「桃源郷」への入口が見えるのではないかという期待をかけていた。ご承知のようにラック、インシュレーター、SP足回りなど、ほぼすべてがスパイク設置だ。実際、この考えは今も変わってはいない。

Verdiは少し勝手が違うようだ。ティールのスパイク(J1ハイブリッドコーン)は外してメダル型の真鍮インシュレーターに面接触させた。また、内振りを若干広げて前を向くように調整した。

もともとがエソテリックほど肩肘を張らないサウンドに感じたので、もうすこしブロードなセッティングが似合うのではないかと思った。今のところ、このアプローチはあながち的外れではないように感じている。管弦楽のホールトーンの広がりが楽しい。和音もことさらに分解されることなくエネルギーのまとまりとして聴こえてくる。以前の世界とは違うが、これもいいものだ。

しかし、これができるのも元来Verdiが物凄い情報量をピックアップするからに他ならない。2本のゴムラインで置き台に接触するだけなのに不思議だ。P-70にセラベースを噛ませた状態の情報量をポン置きで凌駕していたのだから。エソテリックは適当に置くと適当な音しか出さない。そういう性格なのだ。

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2007年1月12日 (金)

マニュアル

Manualオーディオ機器のマニュアルというものは、それほどじっくり読むことはないものだ。皆さんも同じと思うが、大抵のパネルボタンの機能は見ればわかるし、操作はそらで覚えてしまう。

ところが、挿せば良いアンプ類と違ってデジタル機器はかなり勝手が違うようだ。デジタル領域でユーザーがいろいろ弄れるようになったことから、最近のデジタル機器の多くはサウンドの性格を決定付けるコントロールセンター的な役割も担っているといえるだろう。

dCS機器の操作性はかなり煩雑だ。階層は深くはないがメニュー構造を採用しており、多くの設定項目はノブを回すこととボタン押しの組み合わせで決定される。慣れればどうということはないのだが、人の直感と操作体系が一致しないように思う。

結局、ケーブル接続からクロック同期やデジフィルの設定までマニュアルをめくりながらあれこれ試している現状である。このメーカーは軍事技術に端を発する業務用機器の流れを組むのである程度は仕方ないというべきか。大場のマニュアルが物凄く丁寧に作られていることもモトネタの煩雑さをうかがわせる。

苦労して接続設定したVerdi-Deliusも、1394ケーブルが繋がっているとAES入力を選択していても何か他の操作をしたらオートで1394接続になってしまうようだ。恐らくこれを防ぐ方法がマニュアルに記載されているはずだが、またペラペラめくらねばならない。

また、タイミングのズレか何かよくわからないが、時々ピンクノイズのような「ザー」という雑音が出るのは精神衛生上よくないし(これは電源を入れなおすと解消される)、電源ON後の起動に時間かかかるのも気になる部分だ。

しかし、結果としての音を聴くと上記は不問に付してしまおうと思ってしまうのも、dCSのニクイところである。

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2007年1月11日 (木)

風邪

風邪をひいてしまった。

家でも職場でも周りは病人だらけだ。今回のはノドに来る。夜中に咳き込んで苦しい。

風邪をひいた大昔を思い出すと、よく母にバナナを出してもらった気がする。とはいえ、バナナが御馳走だった頃の生まれではないのでご承知を(^^; 単に栄養バランスが良いという理由だったと思うが。

もう一つの風邪の楽しみは、内科医に行った帰りにちょっとしたプラモデルなどを買ってもらえたことだろうか。本当は病床からムクムク起きて作りたいのだが、叱られるので布団で設計図だけワクワク眺めていた記憶がある。

最近の子供の風邪をめぐる状況も基本的な構図は変わっていないようだ。

拙宅の子供も医者に行ったあとにお楽しみアイテムを大事そうに布団に持ち込んで眺めている。症状が重い場合には幼稚園や小学校も大手を振って休めるわけだから、子供の風邪はスペシャル・イベントなのだ。

悲しいことに、大人の風邪は辛いだけだ。仕事もなかなか休めないし、誰も医者の帰りにオーディオ機器を買ってはくれない(爆

というわけで、本日は閉店いたしますm(_ _)m

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2007年1月10日 (水)

珈琲

Coffeeトランスポート吟味に疲れたので、ちょっと珈琲でも。

かねてから家庭で淹れる美味しい珈琲のあり方について考えている。オーディオ愛好家には酒好きだけでなく、珈琲や紅茶に拘る方も多いのではないかと思う。

自分にとっての珈琲研究の聖地は、神戸ポートアイランドにあるUCC上島珈琲のコーヒー博物館である。学生の頃は暇にあかせていろんな器具やメソッドについて調べたものだ。

詳しい方も多いと思うのであえて説明は不要だろうが、きわめて乱暴に言えば豆の産地(品種)とローストと入れ方の3つで味が決まる。興味深いのは、オーディオと同じようにモトネタの素性を生かした定番の組み合わせがあることだろうか。

抽出はあっさりめに口中に広がる爽やかな酸味を生かした組み合わせがある一方、苦みばしったコクでインパクトある一杯を狙うラインもあるだろう。これにミルクや砂糖や水等の外部要素、さらには茶器から受ける視覚的印象なども加味すると無限の味の組み合わせが存在するのだ。

しかし、家庭で日常的にできる手法には限界がある。自分の経験では、生豆から自家焙煎するのは成功率が低いと思う。個人で消費する豆の量では回転率が悪すぎる。最近では家庭用焙煎機もあるが、プロがローストした豆を買うのが無難だろう。店によるブレンドやローストの違いに拘り出すとまた大変なことになるが、信頼できるお店とめぐり合えると何かと頼りになる。

また、ミルは巷で飾り物のように多く販売されているが、手動でいつまでもゴリゴリ擦っていると熱を発生して豆の香りが逃げてしまうし、粒の大きさも不揃いになりがちなようだ。電動カットミルでスパッと裁断してしまおう。

Water器具の違いも大きい。コダワリの喫茶店といえば丸いフラスコを湯が行き来する「サイフォン式」を想像するが、アルコールランプが要るなどギミック的な要素も多く、普段使いには不向きだろう。味にこだわるなら「ネルドリップ」もあるが、家庭では衛生面や温度管理面でネルの保管が大変だ。

結局、凝った器具がいらず使い捨てで安定した味が出せる「ペーパードリップ」が普段の珈琲には最適なのではと思う。

これとは別に「エスプレッソ」も有名だが、かなり濃いので日常茶飯に飲む気はしない。また専用器具が必要でローストやグラインドも通常とは違うので豆から器具まで別のラインを用意せねばなるまい。

一方、一晩かけてちょぼちょぼ取り出す「水出し」用の器具もあるが、理化学実験さながらの大掛かりな装置は自分には論外である(^^;

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2007年1月 9日 (火)

縦の線、横の線

Dcs2 引き続きP-70とVerdiの二つの世界を考えてみた。

大雑把にいえば、エソテリックの世界は三角形の頂点で正座して眉間にシワを寄せて聴き込むような感じだ。一音一音がクリアに隈取りされていて空間の立体感も良い。

ただ、これは必ずしもナマっぽい音でもなく、非常に精巧にできた模型のようだとも言える。自分は模型も好きなので、個性的な音場空間にも違和感がないのかもしれない。一音一音が「水銀の雫のようだ」とおっしゃった迷い羊さんの言葉が気にかかるが。。

一瞬一瞬を切り取るように聴き込んだとき、アンサンブルの個々の音にきちっと縦の線が揃うような再生に思える。ただ、長時間聴くにはそれなりの覚悟も必要なタイプだ。

まだアタマが整理できていないが、Verdiは多少リラックスした音の出方のようだ。P-70が奥に遠のいていくクリスタルな空間とすれば、Verdiは割とこちら側に、しかも左右にバァっと広がってくる感覚を覚える。その空気自体には特別の香りは感じない。

オーケストラでは旋律の横の繋がりが流麗だ。温度感もいい。低音部にエソのような格別の立体感があまり感じられないのは現状では少し残念な部分。しかしVerdiで再生するクラシック、例えばバレエだと自然と全幕通して聴いてしまう。

自分で整理できない言葉を使うのは本当は気が引けるのだが、評論家センセがしばしばオーディオ機器に対して「音楽性」というタームを持ち出すが、そんな感じが当てはまるかもしれない。

二つの世界、どちらが幸せなのだろうか.....

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2007年1月 8日 (月)

スクラップ&ビルド

Laydown_1前日のオフを受けて、Verdi La Scalaを使いやすい位置に置くことにした。ただ、最上階には当面Deliusが入居することになる。この数年P-70でゴテゴテだったので、視覚的にトップはさらりと薄く済ませたい。大抵のラックよりは段による音の良し悪しの差は小さいだろう。

ラック棚板の位置を少し変更する必要があった。フィニッテは滅茶苦茶めんどうなラックである。穴一つ分ずらすだけでも、一人で作業する場合には以下の工程が必要となる。

全ての機器を下ろす→ホコリ清掃(オプションw)→4段分の棚板ボード(棚板枠の中のボード)計4枚除去→ラック全体を横に寝かす→動かす棚板枠の水平スパイクを縮める→新たな位置に持ってくる→スパイクを突っ張り固定→ラックを立てる→全体のスパイクテンションを調整→棚板ボードをのせる→機器をのせる

いちいちラックを横に寝かすのは傷を最小限にとどめるためのテクである。位置合わせが一発でできないと支柱内側に引っ掻き傷ができてしまう。単独作業だと通常の向きでは棚の重量を片腕で支えて片腕でスパイクを回すことは不可能だ。

全体のテンション調整は鬼門だ。というのも、一つのスパイクを突っ張り過ぎた場合、アルミ支柱はわずかながらタル型に湾曲するので他のスパイクが緩くなるのである。4段では計32個の水平スパイクを常にバランスよく突っ張らねばならない。

また、未使用の穴に挿す場合はスパイクの食い込みで穴が広がってテンションが緩むので、数時間後、数日後というように長時間にわたって専用工具の細長いピン2本を使って突っ張り具合を確認しなければならないのだ。

Jubako_1一度バラしてしまうと音が馴染むまで何日かかかりそうだが、今回はサウンド面でもscrap and buildである。当面は二刀流なのだが、軸足はVerdiに置いて煮詰めていこうかと思う。同じ人間がいじっていくので結局似たような方向になるのかもしれない。

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2007年1月 7日 (日)

二つの世界

土曜の降りしきる雨の中、迷い羊さん、Taoさん、Akimitsuさんが拙宅に来てくださった。お三方にはお足元の悪い中おいでいただいて感謝感謝。

自分以外の人に聴いてもらうのはやはり緊張するものだ。感じ方は三人三様だったはずだが、自分としてはP-70の世界とVerdiの世界の二つの間で悩んでいた。前者はカチッとした空間、後者は解き放たれた伸びやかな広がり。

皆さん一様にVerdiがイイというコメントだった。確かに通電三日目の今日は昨日からさらに良くなっていることを自分の耳でも確認できた。前回申し上げた「差」はもはや多くの部分で逆転していたのである。

迷い羊さん曰く、既に在るものから何かを引いて音をまとめることはできるが、無いところからは何も取り出せない、とのこと。確かにそうかもしれない。長期的にはVerdiサウンドに手を入れていったほうが可能性があるのだろう。

ただ、これまでエソテリックのストイックに引き締まった空間を基本として柔和な要素を加味してきたわけだから、早速コロリとサウンド手法を変えられるわけはなく、複雑な気分も残る。

今回の結論としては、当面は二刀流でいきたいが、Verdiを使い易い位置に持ってくることにした。

ちなみにTaoさんがご自身のブログで拙宅オフの模様をご紹介くださいました。

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2007年1月 6日 (土)

過渡期

新しい物を入れると、初めの数週間はたいてい音の座りが悪いものだが、今回もまさしくそのような状態だ。拙宅のサウンドは再び過渡期に入ったと言えるだろう。

Verdi La Scalaを通電して丸一日が経過した。昨日の印象とはまた違ってきている。長時間の通電は基本中の基本なのだが、久々の大物役者の登場でいくぶん気が逸っているのかもしれない。

実は、昨日の段階ではオーディオ的な意味でハッとさせられるサウンドはP-70の方が一枚上手の印象だった。Verdiはポン置きで既にセラベース武装したP-70を凌ぐ情報量で非常に驚いたわけだが、その感触はあくまでもスムーズで、カチッと彫りの深い音の輪郭はP-70よりいくぶん薄めに感じられた。

だが、今夜帰宅後に鳴らしてみると、昨夜の開きは随分と縮まってきたように思う。音像フォーカスも俄然定まってきた。むしろエソテリックのような「いかにもオーディオ的な音」を誇示しない分、今後の使いこなしでトータルでは懐の深いオーディオ再生ができるのではないかと感じ始めている。

理想はIASでdCSセットとJRDGパワーで鳴らされていたISISのような音。誇張感がなく柔らかくヌルい普通の音。でも物凄い情報量と空間の大きさがあったのだ。キャンバスとなるSPのレベルは到底追いつかないが、ああいう再生をやってみたいものだ。

やはり鍵となるのはデジタル伝送方式の吟味だろう。SDIF-2は残念ながらDeliusでは受けられないので、シングルのAESかBNCあたりで見極めるしかないだろう。1394で聴くCDの音は、各所で言われているように「作為的な音」のように思えて、あまり感心できなかった。

Verdi-DeliusでDual AESをやりたければPurcellが必要になるわけだが、どうせならSDIF-2が受けられるElgar Plusに邁進したくなるのは人情だろう。

ハァ、やはり先は遠い.........

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2007年1月 5日 (金)

オーディオ難解

Verdirear_1ここに来て、再びデジタル・オーディオの難しさを痛感することになった。もちろん、CDを再生する場合のVerdi La Scala、P-70、Deliusの接続方式の話である。

それぞれに感触が違う。方式によってもケーブルによっても違うし、ワードクロックの扱い(マスター、スレーブ、シンクロ)によっても耳触りが異なるようだ。組み合わせがあまりに多く、かなり参った。

1394ケーブルとBNCクロックケーブルで繋ぐのがいかなるシーンにおいても万能ならば、どんなに楽でスッキリするだろう。だが、デジタル・オーディオの現実がアナログ同様に千差万別であることは、dCSのような高度な多機能性をユーザーに開放した製品に接する度に痛感するところである。

いっそサウンド・デザイナーがこれだと決めた音で固定してもらった方が、多くの方にとっては幸せかもしれない。しかし、こういう「いじり応え」ある機械は自分には似合っているようだ。

P-70、verdi両機の基本的な性格としては、ともに緻密で細かい音までよく拾ってくれる。また、わざとらしい誇張感を排した上で音楽のダイナミズムも存分に提示するというように、トランスポートとして必要十分なパフォーマンスと言えよう。

しかし当然ながら、初日の比較試聴では結論めいたことは言えない。一つ言えるとすれば、どちらかが「圧勝」という世界ではないということだろうか。

少し複雑な気分でもある。これまでケーブル類やセラベースで手をかけてきたP-70が「完敗」とならなかったのは嬉しいのだが、いっそのこと製品ランクとしてハイエンドなverdiがぶっちぎりだったなら、潔く諦めもついたかもしれないからだ。P-70のDual AESと同様の効果を求めるなら、Purcellの必要性も今後出てくるかもしれない。

泥仕合の様相を呈してきた。やはり当面はツートップ送り出しで推移しそうだ。それとも、待ち受けているのは「重箱コース」だろうか。。。

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2007年1月 4日 (木)

ハード弄り

オーディオの真骨頂は間違いなく「ハード弄り」である(アレ?

師匠から届いたブルー・トランクを開け、内容物を確認。輸送時のSACDメカを保護するための固定ビスを外し、ラバーシートとガラスシートを装着して準備万端。

とりあえずケーブル類は、ACを3φAg、信号は付属1394ケーブル、クロックはZaolla Digitalの75Ωで始めることにした。そのうちP-70に挿してある貴金属線もデジタルに使ってみる予定。

Jeffラックまわりを弄ったついでに、久々にJRDG Model10を清掃。ホコリが結構凄い。

CVの這わせ方が少し変わったので、グイグイと曲げなおして形を馴染ませる。なんとか給電できた。

あれ、Verdiの電源入らない?と思ったら、メインスイッチが裏にあった(^^; 同じdCSでもDeliusとは少し勝手が違うようだ。

RacknewDENKEN退場以降、ラックが一段空家だったわけだが、久々に店子で埋まった。形状的にはVerdiはあまり最上段は似合わないかもしれない。

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2007年1月 3日 (水)

寝正月

いつになくよく寝る正月である。実家ということで、特にやることがない上に一日中子供の遊びに付き合うために疲れたのかもしれない。

東京を離れるたびに自動車の必要性を感じる。実家の近辺はクルマがないと買い物にも行楽にも出かけられない。おそらく日本のほとんどの地域が普通はそうなのかもしれない。駅まで徒歩で行けて、そこから15分20分で渋谷だ何だと出られる方がおかしいのだろう。

そんなわけで久々にテレビを見て過ごした。かくし芸大会なんて見たのは十年ぶりくらいだろうか。一時はくだらんと思っていたが、技巧系の芸を久々に見ると器用な芸能人も多いなぁと妙に感心してしまった。

だが、そんな寝正月も今日で終わり。明日から仕事で今夜には東京に戻らねばならない。幸い、しばらく自分独りなのでオーディオにじっくり浸れるわけだ。

ようやくVerdiでCD/SACDの鳴き比べもできるようになる。CDのDSD出しというのも面白そうだ。P-70との対戦は果たしてどうなるかも楽しみ。

正月三日目にして早速ハード弄りで盛り上がろうとしている自分がいる(^^;;;

・・・・・帰宅後・・・・・

Case_1し、師匠、デカ杉!

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2007年1月 2日 (火)

お年玉

Otoshi少子化時代では、お年玉事情も昔とは随分異なるようだ。

自分が小さかった頃は、祖父母の所に集まるいとこも7-8人はいたように思うが、そんな我々が親の世代になってみると、祖父母あたり孫1-2人という状態だ。第一、結婚していない兄弟も多い。

これでは日本人が減っているはずだ(^^;;

そんな中でのお年玉は、高額化と一本化が定着しているようだ。両家の祖父母にとっても数少ない孫なので金額的に手厚いものになるし、独身の「叔父」「叔母」(つまりは私の兄弟)にとってもいいところを見せる絶好の機会だからだ。また、東京から来たということで何かと欲しい物も多かろうということになる。

ただ、当の本人たちといえば、まだお金の価値もわからないくせに福沢諭吉を並べて遊んでいる。即時嫁ハンにお取り上げだ(^^; 小学生くらいになれば、だんだんと物欲がギラついてくるのかもしれない。

さて、その物欲オヤジのほうであるが、今年はもちろんスロースタートだ(^^)

Verdi La Scalaは会計的には昨年の締めである。今年はハード弄りは落ち着かせて気に入ったCD/SACDを時々ピックアップする程度にとどめたい。体系的に昔のジャズやクラ作品を聴き込んでみたいとも思う。

思えば、年初にはいつもこんなことを言っているようだ。

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2007年1月 1日 (月)

謹賀新年

InoFine Line【ファイン・ライン】をご覧のみなさま

本年も宜しくお願い申し上げますm(_ _)m

昨年に引き続き、自分なりの切り口でオーディオ四方山話をご提供できればと思います。サウンドの詰めとなるケーブル製作も一層危ないエリアに突入を企てています。

どうぞ生温かい目で応援お願い致します♪

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